綾瀬りえは何者?経歴や大学と年収5000万円で炎上も詳しくまとめ!

綾瀬りえは何者?経歴や大学と年収5000万円で炎上も詳しくまとめ! エンタメ

「マツコの知らない世界」を見ていて、「この人、誰なんだろう」と気になった方。

その正体は、モデル・インフルエンサーとして活動する綾瀬りえさんです。

番組で語った「年収5000万円」という婚活条件が大きな反響を呼び、検索する人が急増しました。

この記事では、綾瀬りえさんの経歴や学歴、炎上の詳しい経緯まで、まとめて分かりやすく紹介していきます。

綾瀬りえは何者?プロフィールを先に確認

まずは「結局、綾瀬りえさんって何者なの?」という一番大きな疑問から整理していきます。

一言でまとめると、元・競馬アイドル、元・M&Aコンサルタントという経歴を経て、現在はモデル・インフルエンサーとして活動している女性なんです。

綾瀬りえの基本プロフィール一覧

分かっている範囲のプロフィールを整理しておきますね。

  • 名前:綾瀬りえ(あやせ りえ)
  • 生年月日:非公開(1997年10月13日説あり)
  • 年齢:28歳(2026年8月22日時点)
  • 身長:158センチ
  • 出身:幼少期に中国とアメリカで生活した経験あり(本人談)
  • 学歴:近畿大学 国際学部国際学科 卒業
  • 在住地:兵庫県神戸市(実家暮らし)
  • SNS総フォロワー数:約80万人(Instagram・TikTok合算)
  • 所属:株式会社ソフィープロモーションと業務提携

生年月日については、本人からの公式発表がありません。

ここ、実は調べていて地味に引っかかったポイントなんですよ。

2024年の「令和の虎」では26歳、2026年8月の「マツコの知らない世界」では28歳と紹介されており、この2つを照らし合わせると1997年10月13日生まれだとつじつまが合います。

一部サイトの1996年生まれ説では28歳という年齢と噛み合わなくなるため、私は1997年生まれの可能性が高いのではないかと見ています。

なお、検索すると「綾瀬理恵」というシンガーソングライターの方もヒットしますが、漢字も活動内容も違う別人なので注意してくださいね。

綾瀬りえの経歴|競馬アイドルからM&Aコンサルタントを経てインフルエンサーへ

綾瀬りえさんの経歴、実はかなり振れ幅が大きいんです。

学生時代から現在まで、順を追って見ていきましょう。

学生時代は競馬アイドルとして活動

綾瀬りえさんは大学生の頃、関西テレビの競馬番組「うまンchu」に準レギュラーとして出演していました。

同じく関西テレビの「競馬BEAT」にも出演歴があり、いわゆる「競馬アイドル」として活動していた時期があるんです。

大学時代にはミス近畿大学のファイナリストにも選ばれ、アメリカのストックトン大学へ1年間の留学も経験しています。

競馬番組、ミスコン、留学。学生時代だけでもかなり忙しかったんやろうな、というのが正直な感想です。

大学卒業後はM&Aコンサルタントとして会社員に

2020年に近畿大学を卒業した後、綾瀬りえさんはM&A関連会社である株式会社FUNDBOOKに入社しています。

本人名義のビジネスSNS上のプロフィールによると、担当していたのはインサイドセールス職。

譲渡企業・譲受企業への営業電話やSNSを使ったアポイント獲得、チームのマネジメントなどを経験していたようです。

2021年12月頃までこの会社に在籍していたと見られ、「元M&Aコンサルタント」という肩書きは、この時期の経験を指しているんですね。

華やかな芸能活動のイメージとは裏腹に、地に足のついた営業の現場で数字と向き合っていた時期があったわけです。

その後、綾瀬りえさんはM&A関連企業を退職し、InstagramやTikTokでの発信に軸足を移していきます。

インタビューでは「自分自身の言葉や感性で、もっとダイレクトに人の感情を動かしたり、誰かの背中を押すような発信がしたい」と、転身の理由を語っていました。

数字やスキームを扱うコンサル業務から、感性で人の心を動かす発信業へ。

一見真逆の仕事に見えますが、競馬アイドル時代から一貫して「人前に立つ・人に働きかける」仕事を選び続けているように私には見えるんですよね。

方向転換というより、得意な土俵を変え続けてきた人。この表現の方がしっくりくるんですよ、これが。

現在はモデル・インフルエンサーの活動に加え、アパレルブランドの立ち上げにも取り組んでいるとされています。

綾瀬りえの学歴は近畿大学?医学部説の真相

「綾瀬りえ 医学部」という検索も多いようなので、ここで学歴を整理しておきます。

結論から言うと、綾瀬りえさんの出身大学は近畿大学ですが、学部は医学部ではありません。

本人名義のビジネスSNS上のプロフィールには、近畿大学国際学部国際学科に2016年4月から2020年3月まで在籍していたことが記載されています。

では、なぜ「医学部」というキーワードが出てくるのか。

調べてみると、綾瀬りえさんには医師を目指していた時期が、実は2回あったことが分かりました。

1回目は高校時代です。

高校2年生まで医学部合格を目指して猛勉強していたものの断念した、という話がネット上では紹介されています。

こちらは公式発表ではなく過去のSNS投稿をもとにした情報なので、そういう時期があったらしい、という程度に受け止めておいてくださいね。

一方で、2回目の挑戦ははっきりしています。

社会人になってからの24歳のとき、綾瀬りえさんは「医師を目指す」と自ら宣言しているんです。

一度は諦めた医師という夢を、大人になってから改めて追いかけ直したことになります。

結果としては、その後SNSで「医師を目指すのを諦めました」と自ら報告しており、医学部への進学や医師免許の取得はしていません。

ただ、この「一度諦めた夢を、社会人になってからもう一度追いかける」という行動、なかなかできることじゃないと思うんです。

「やりたいことをやるのがモットー」というのは、綾瀬りえさん自身がSNSのプロフィールに掲げている言葉なのですが、この再挑戦は、その言葉通りの生き方を体現したエピソードなのではないかと私は見ています。

綾瀬りえは令和の虎にも出演していた

綾瀬りえさんを検索していると、「令和の虎」というキーワードも見かけます。

これは別人ではなく、綾瀬りえさん本人が2024年6月にYouTubeで公開された「美容整形版 令和の虎」に出演していたことによるものです。

番組では、自身の体型についての悩みを投資家である「虎」たちにプレゼンし、女性から支持される体型を目指したいこと、将来的に女性向けアパレルブランドを立ち上げたいという目標を語っていました。

当時は26歳と紹介されており、先ほどの年齢の逆算とも矛盾しない時期になります。

美容医療は効果だけでなく副作用やリスク、費用にも個人差がある分野なので、気になる方は医療機関の公式情報も確認することをおすすめします。

なお、このとき語っていたアパレルブランドの目標は2026年現在も進行しているとされていて、単なる思いつきの発言ではなかったことがうかがえます。

マツコの知らない世界で年収5000万円発言、綾瀬りえが語った内容

綾瀬りえさんの名前が一気に広まったきっかけが、2026年8月18日にTBS系で放送された「マツコの知らない世界」です。

婚活シリーズ第3弾「婚活女性の世界」として、婚活アドバイザーの植草美幸さんが複数の女性をカウンセリングする企画で、その中の1人として登場しました。

番組では「職業インフルエンサー」「年収約800万円」「神戸市在住」「実家暮らし」「身長158センチ」というプロフィールで紹介されています。

マツコ・デラックスさんは「ハイステータス男性希望」という条件を見て、「ひとり、ふざけた女がいますね」「先生に八つ裂きにされるのがよくわかりますよ」と、笑いを交えてコメント。

そして植草さんのカウンセリングで、綾瀬りえさんはこう語りました。

相手は年収1000万円以上じゃないと無理っていうのと、子どものことを考えたら5000万円以上

出典:ENCOUNT(Yahoo!ニュース)

理由として挙げたのが、将来生まれてくる子どもへの英才教育です。

2人は子どもを産みたいと考えていて、ピアノ、習字、茶道、華道、乗馬まで、すべて習わせたいという希望を語っていました。

これに対して植草さんは、「ファンタジーだよね。相当な夢追い人ですよね」「宇宙人と話してるみたい」とコメント。

番組内では、高年収層の少なさを示すデータとして「0.6パーセント」という数字も提示されました。

ただ、この数字が何を指すかは報道によって説明が分かれており、国税庁の統計をもとに「年収2500万円以上の男性が0.6パーセント」と紹介している媒体もあります。

いずれにせよ、5000万円以上が途方もない狭き門であることは間違いありません。

さらに植草さんから「年収5000万円の人と結婚するためにどんな努力を?」と問われた綾瀬りえさんの答えは、筋トレ、ピラティス、ランニング、ボクシングを週4回ほど。

外見磨きに全振りした回答に、植草さんからは「まぁ頑張ってください」という、なんとも言えない一言が返っていました。

そして「その条件でいくなら、お金持ちの高齢者か、もう少し年収を下げるか」と迫られると、「(年収は)下げられます。さすがに高齢者は嫌すぎて」と即答。

最終的に、希望する相手の年収は800万円、年齢は30代後半へと大幅に修正することになりました。

年収5000万円発言はなぜ炎上した?綾瀬りえの反応まとめ

放送翌日の8月19日には、この「年収5000万円」発言がSNS上で一気に拡散され、いわゆる炎上状態になりました。

「調子に乗るな」「そんな人いない」といった批判の声が広がった一方で、婚活の理想と現実のギャップを描くエンタメとして楽しむ声もありました。

では、綾瀬りえさん本人はどう受け止めていたのか。

まず飛び出したのが、まさかの「逆オファー」エピソードでした。

放送翌日、綾瀬りえさんはSNSで「バズリすぎて……ヤバい」とコメントしつつ、「5000万円の男性からDM来てんねん。10件ぐらい」と明かしています。

え、炎上しているはずなのに、条件を満たす男性からの連絡が実際に届いていた……。

結局、モテてるんかい。

そしてもう一つの反応が、放送から3日後の8月21日にあったインスタグラム投稿です。

綾瀬りえさんは「あ、年収5000万円以上を求めてしまいかなり大荒れしてる綾瀬りえです」と切り出したうえで、こう説明しています。

私は『インフルエンサー』という肩書きだけで生きているわけではなく、個人事業主です。本業は別にあります

出典:日刊スポーツ(Yahoo!ニュース)

そのうえで、「私のことは何を言っていただいても大丈夫ですが、私への批判を理由に、他のインフルエンサーまで否定するのは違うかなと」と、自分への批判が他のインフルエンサーへの批判に広がっている状況に、注意を呼びかけていました。

インフルエンサーとしての発言で話題になったのに、インフルエンサーだけが肩書きじゃないと言う。

どっちやねん、と言いたくなるところなんですが、本人的にはちゃんと筋の通った話なんですよね。

というのも、同じ21日に公開されたインタビューで、その「本業」の中身が明かされているんです。

綾瀬りえさんによると、自身は個人事業主で、インフルエンサー活動は趣味のような感覚。

日本株の短期トレードから長期投資まで手がけていると語っていました。

……なるほど、そら年収5000万円という数字も出てくるわけです。

投資の世界で日常的に大きな金額を見ている人にとって、その数字は「非現実的な夢」ではなく「実在する数字」なんですよね。

DM殺到エピソードでは軽やかに受け止め、肩書きの話では冷静に線を引く。

批判を感情的に受け止めるのではなく、数字や事実として一歩引いて捉えているように感じられます。

M&A関連企業や投資の世界で数字と向き合ってきた経験が、こういう場面での冷静さにつながっているのではないか、というのが私の見立てです。

そしてもう一つ、私が調べていて一番腑に落ちたのが、あの「英才教育」発言の背景です。

綾瀬りえさん自身、幼少期は親に厳しく育てられ、いろいろな習い事をさせられてきたそうなんです。

さらに幼少期は中国とアメリカで暮らした経験があり、日本に帰国したときに「みんな人の目をすごく気にするな」と衝撃を受けたと語っています。

自分の子どもにはそんなふうに縮こまってほしくない。

将来はアメリカの大学への進学も含めて、世界を広げてあげたい。

その願いを金額に換算した結果が、あの「5000万円」だったわけです。

数字だけを切り取って笑うのは簡単なんですが、背景を知ると印象がまるで変わってくるんですよね。

まとめ

ここまで、綾瀬りえさんの経歴や学歴、年収5000万円発言の炎上について紹介してきました。

最後に、分かったことを整理しておきますね。

  • 元・競馬アイドル、元・M&Aコンサルタントを経て、現在はモデル・インフルエンサーとして活動
  • 出身大学は近畿大学国際学部国際学科で、医学部ではない(高校時代と24歳のときの2回、医師を目指した経験がある)
  • 大学卒業後はM&A関連会社「株式会社FUNDBOOK」でインサイドセールス職を経験
  • 2024年6月には「美容整形版 令和の虎」に出演し、アパレルブランド立ち上げへの思いを語っていた
  • 2026年8月18日「マツコの知らない世界」で、結婚相手に求める年収を「5000万円以上」と発言し話題に
  • 炎上後、本人は「5000万円男性からのDM10件」を明かすなど、動じない姿勢を見せている
  • 8月21日には「肩書きはインフルエンサーだけではない」と注意喚起し、本業は個人事業主として日本株の投資を手がけていることも明かした

こうして経歴を並べてみると、綾瀬りえさんって「急に出てきた婚活女性」ではないんですよね。

競馬アイドル、コンサル営業、インフルエンサー、そして投資家。

一見バラバラに見える経歴も、「人前に立つ・人に働きかける」という軸で見ると、実は一本の線でつながっているように思えます。

年収5000万円という条件だけが独り歩きしがちですが、その裏には自身の幼少期の経験から生まれた教育への思いや、一度諦めた夢を追いかけ続けてきた人柄が見えてきました。

婚活の行方はもちろん、アパレルブランドの立ち上げなど、今後も注目していきたいと思います。

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