猫月めい(MEI)とは何者?終末のダイヤモンドのギタリストの経歴と最後の投稿まで

猫月めい(MEI)とは何者?終末のダイヤモンドのギタリストの経歴と最後の投稿まで エンタメ

2026年7月26日、ロックバンド「終末のダイヤモンド」のギタリストとして活動していた猫月めい(MEI)さんが亡くなったことが、ご家族から発表されました。

「猫月めいの死因は?」と検索して、この記事にたどり着いた方も多いと思います。

結論からお伝えすると、死因は公表されていません。

この記事では、公表されている事実をもとに、猫月めいさんがどんな経歴を歩んできたギタリストだったのか、最後の投稿までを丁寧に整理していきます。

猫月めい(MEI)とは?終末のダイヤモンドのギタリストとして注目された人物

猫月めいさんは、SNSやYouTubeでのギター演奏動画をきっかけに知名度を上げ、2026年にはガールズロックバンド「終末のダイヤモンド」のギタリストとして活動していた人物です。

まずは、公表されているプロフィールから整理していきますね。

猫月めいのプロフィールと公表されていない情報

  • 活動名:猫月めい(ねこつき めい)/表記はMёi、バンド活動ではMEIとも
  • 誕生日:7月29日(生まれた年は非公表)
  • 出身地:福島県
  • 経歴:大学進学をきっかけに上京し、そこでギターを始める
  • 資格:2023年3月、大学卒業と同時に薬剤師国家試験に合格
  • 肩書き:SNSでは「元薬剤師」を名乗り、ギタリストとして活動
  • 本名、出身大学:非公表

本名や出身大学、そして生まれた年については公表されていません。

SNSでの発信は活発だった一方、プライベートな部分はしっかり線引きされていた印象です。

公表された誕生日から年齢を考えてみる

SNS上では「推定26歳」という情報が出回っているのを見かけました。

ただ、これは投稿者による推測であり、公式に確認できるものではありません(単独ソースのため、参考程度にとどめてください)。

私が公表されている事実から計算してみると、少し違う数字が浮かんできます。

薬学部は基本的に6年制で、2023年3月に大学を卒業すると同時に国家試験に合格しているんですよね。

浪人や留年をせずにストレートで進学していたと仮定すると、卒業時点でだいたい24歳のはずです。

そこから逆算すると、2026年7月29日の誕生日を迎えるタイミングで28歳になる計算になります。

亡くなられたのは7月26日、誕生日の3日前なので、その時点では27歳だったことになりますね。

もちろん浪人や留年をしていた可能性もゼロではないので、断定はできません。

ですが、公表されている事実だけをつなぎ合わせてみると、SNSで出回っている数字より、私はもう少し上だったのではないか、と見ています。

元薬剤師からギタリストへ 猫月めいの異色すぎる経歴

薬剤師とギタリスト、この二つを併せ持つ経歴は、猫月めいさんの大きな魅力のひとつでした。

ここでは、その歩みを詳しく見ていきます。

大学進学をきっかけに上京してギターを始めた猫月めい

福島県出身の猫月めいさんは、大学進学をきっかけに上京し、そこでギターを始めたと紹介されています。

つまり、幼少期からずっとギター一筋だった、というタイプではなかったわけです。

6年制の薬学部で薬剤師を目指しながら、同時にギターの練習も重ねていたことになりますよね。

国家試験の勉強とギターの練習を両立させるというのは、想像するだけでもかなりハードなスケジュールだったはずです。

2023年3月、大学卒業と同時に薬剤師国家試験に合格すると、猫月めいさんは音楽活動へと軸足を移していきました。

資格を取ってからすっぱり薬剤師の道を手放した、というより、資格を取ったうえで音楽の道を選んだ、という順番だったんですよね。

ここが個人的にはすごく好きなポイントで、「元薬剤師」という肩書きを隠すのではなく、むしろプロフィールに堂々と書き続けていたのが印象的でした。

私は、これは捨てた過去としてではなく、自分を形づくった一部として大事に抱えていたからなのではないか、と見ています。

猫月めい(MEI)が残したバンド・サポート・舞台の仕事

猫月めいさんの活動は、SNSでのギター演奏動画にとどまらず、バンド、サポート、舞台と幅広い領域に及んでいました。

一つずつ振り返っていきますね。

艦これ公式バンド1MYBとBanG Dream!関連での活動

猫月めいさんは、『艦隊これくしょん-艦これ-』の公式ガールズバンド「C2機関 1MYB」の活動に参加していたほか、『BanG Dream!』関連のサポートも務めていました。

どちらも人気IPを背負ったプロジェクトで、演奏力だけでなく、キャラクターとしての表現力も求められる場だったはずです。

さらに2025年には、SNS発のバンドプロジェクト「週末軽音部」にもギター担当として参加していたようです(活動期間については単独ソースの情報のため、要再確認としておきます)。

舞台「Rebellion」ではLOVEBITESのMiyakoとダブルキャスト

2025年10月には、杉浦タカオさんがプロデュースするエンターテインメントプロジェクト「SEPT」の舞台『Rebellion(リベリオン)』に、初の舞台出演を果たしています。

役どころは「音鳴」という役で、実力派バンドLOVEBITESのギタリスト・Miyakoさんとダブルキャストを組んでいました。

これ、地味にすごいことだと思うんですよ。

プロとして第一線で活動するギタリストと同じ役を任されるというのは、実力を業界側からきちんと認められていた証だと私は感じています。

演技と生演奏を融合させたステージということで、音楽だけでなく表現者としての幅も広げていた時期だったのではないでしょうか。

使用機材とメーカー契約から見える猫月めいのこだわり

猫月めいさんは、楽器メーカーの正規使用アーティストとしても名を連ねていました。

2024年9月にXで公開していた機材紹介によると、Gibson SG standard、Ibanez、Fender Mexicoといった複数のギターを使い分けていたそうです。

エフェクターにはLine6 HX Stompを使用し、演奏スタイルに合わせて音作りにもかなりこだわっていたことがうかがえます。

道具選びひとつとっても、遊び半分ではなく本気で音楽と向き合っていたんだな、というのが伝わってくる部分でした。

終末のダイヤモンド始動からわずか3週間だった猫月めい(MEI)

猫月めいさんが加入していたガールズロックバンド「終末のダイヤモンド」は、声優アーティストの鈴木杏奈さんを中心に、2026年7月6日に結成が発表されたばかりのバンドでした。

世界が終わっても輝き続けるダイヤモンドのように、どんな困難な世の中でも光を放つ存在でありたい

出典:Yahoo!ニュース(Billboard JAPAN)

メンバーには、猫月めいさんのほか、超絶ギター演奏で知られる女子大生ギタリストのYURIさん、YouTubeチャンネル登録者数33万人のインフルエンサー・ぴにょさんが参加していました。

結成発表からわずか3週間後の7月29日には、第一弾シングル「空気読むな!」の配信リリースと、ミュージックビデオの公開が予定されていたんです。

猫月めいさん本人も、結成時のコメントで「素敵なメンバーが集まったので皆さんに良いものをお届けできると確信しています」と話していました。

これからという時に、という言葉では足りないくらいのタイミングだったと思います。

配信リリース自体がどうなるのかは、この記事を書いている時点ではまだ発表されていません。

ただ私は、猫月めいさんが弾いたテイクが収録されている以上、何らかの形で世に出してあげてほしいな、と一人のファンのような気持ちで思っています。

猫月めい(MEI)の最終投稿から訃報発表までの時系列

ここからは、公表されている事実だけを、時系列で整理していきます。

  1. 7月6日:バンド「終末のダイヤモンド」の結成が発表される
  2. 7月25日:猫月めいさんが自身のXを更新し、7月29日のバースデーライブの撮影ルールについて案内
  3. 7月26日朝:猫月めいさんの公式Xに、ご家族名義で訃報が投稿される
  4. 同日:バンド「終末のダイヤモンド」の公式インスタグラムでも急逝が発表される

25日の投稿内容は、座席や撮影エリアについての案内という、ごく普通の業務連絡だったんですよね。

その翌朝に訃報が届くとは、応援していた方はもちろん、私自身も検索していて言葉を失いました。

猫月めいの死因は公表されていない

ご家族が公表した文章には、死因についての記載は一切ありませんでした

「突然のお知らせとなりましたことを深くお詫び申し上げます」という言葉から始まり、葬儀は近親者のみで執り行うこと、そして予定されていたイベントの中止が伝えられています。

SNS上ではさまざまな憶測が飛び交っているのを見かけましたが、この記事ではそうした未確認の情報には触れません。

ご家族が死因に触れないまま「近親者のみで」と発表している以上、今後も詳しい経緯が明かされる可能性は高くないのではないか、というのが私の見立てです。

だとすれば、私たち読者にできることは、分からないことを無理に埋めようとせず、そっと見守ることなのかなと思っています。

猫月めい(MEI)の訃報に寄せられた追悼の声

訃報が伝わったあと、X上には猫月めいさんへの追悼の言葉が数多く投稿されていました。

一緒にステージに立った関係者や、演奏を聴いていたファンからのコメントを見ていきます。

ギターの音が胸に残ります

出典:X(猫月めいさんへの投稿より)

共演したことのあるギタリストからは「これから何かあるかも知れないって思ってたんだけどなぁ」という、悲しみのにじむ投稿も見られました。

金沢競馬で行われた「猫月めいちゃん誕生日記念」というレース

私が調べていて、ちょっと胸を打たれた出来事があります。

猫月めいさんが亡くなった当日、7月26日の金沢競馬第1レースは「猫月めいちゃん誕生日記念」という冠レースだったんです。

これは競馬場の個人協賛レースの制度を使って、ファンの誰かが7月29日の誕生日を祝うために申し込んだものだと考えられます。

しかも、このレース名は7月22日時点の番組表にすでに掲載されていたので、訃報とは関係のない、まったくの偶然だったということになります。

誕生日の3日前に、誕生日を祝うレースが走っていた。

これを単純な美談として語るのは、少し違う気もします。

ですが、名前を申し込んだファンの方が3日前にどんな気持ちでいたのかを想像すると、私はこの偶然が、今回の訃報のなかでいちばん胸に残りました。

まとめ

最後に、この記事の内容を整理しておきます。

  • 猫月めいさんは、2026年7月26日にご家族から訃報が発表された
  • 死因は公表されておらず、この記事の時点でも未確認のまま
  • 誕生日は7月29日、公表されている事実から計算すると27歳から28歳だったと考えられる(あくまで筆者による推定)
  • 大学在学中にギターを始め、2023年3月に薬剤師国家試験に合格したのち音楽活動に専念
  • 艦これ公式バンド「1MYB」やBanG Dream!関連での活動、舞台『Rebellion』への出演など、幅広いフィールドで活躍していた
  • 2026年7月6日に結成されたばかりの「終末のダイヤモンド」では、わずか3週間後にリリースを控えていた
  • 7月26日の金沢競馬では、偶然にも「猫月めいちゃん誕生日記念」という冠レースが行われていた

こうして経歴を振り返ってみると、猫月めいさんは薬剤師という安定した資格を持ちながら、それでも音楽を選び続けた人だったんだなと感じます。

新しいバンドが動き出したばかりのタイミングでの訃報は、ファンでなくても言葉を失う出来事でした。

死因については分からないままですが、この記事では公表されている事実だけを大切に、猫月めいさんが積み重ねてきた経歴を残しておきたいと思い、まとめました。

ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

コメント