TBS金曜ドラマ「Tシャツが乾くまで」、最終回の終わり方に、しばらく放心してしまいました。
咲子の家でインターホンが鳴って、「おかえり〜」と嬉しそうに玄関へ向かうところで、相手の姿を見せずに終わるという、あの余韻。
結局、咲子の家に来たのは誰なのか、気になって仕方なかったんですよね。
結論から言うと、私はこの訪問者、充なんじゃないかと見ています。
ただ、理由はひとつじゃなくて、いくつかの手がかりが重なっているんですよね。
このあと、順番に整理していきます。
Tシャツが乾くまで最終回ラストシーンで何が起きたのか
まずは訪問者の考察に入る前に、最終回でどんな展開があったのかをサクッと振り返っておきますね。
ここを押さえておくと、このあとの考察がぐっと頭に入ってきやすくなるはずです。
咲子が充に切り出した「別れよう」
最終回は、咲子が洗濯物を畳みながら充に別れを切り出すところから始まります。
第9話のラストで宙づりになっていた「今までありがとう」の続きが、ここでようやく明かされるわけです。
充は絶対に別れないと拒みますが、咲子が望んでいたのは、憎み合っての別れではありませんでした。
嫌いになったわけじゃない、今生の別れでもない。
家族という形をやめて、もっと楽な関係になろう。
だから安心して別れてほしい、というのが咲子の言い分だったんです。
充は差し出された離婚届を紙飛行機にして投げ返すという、なんとも充らしい抵抗を見せます。
しかもその紙飛行機、調理中のカレーに着地してしまうんですよね。
咲子が「カレー付きの離婚届は5度目の離婚にして初めて」と苦笑いする場面があるのですが、5回目にしてまだ初めてがあるんかい、とツッコミたくなりました。
それでも最後は、充が自分でペンを取って署名します。
「行ってきます」で見送られた充
引っ越しの日、洗濯乾燥機のフィルターが破れていたこともあって、2人は洗濯物を庭に干すことになります。
充が「全部乾いたら行くね」と告げた瞬間、あ、これがタイトルの回収だ、とピンときた人も多いんじゃないでしょうか。
乾いたら終わってしまう時間を惜しんで、2人はこっそり霧吹きで洗濯物を濡らしていました。
咲子のモノローグによれば、乾くな乾くなと祈りながら干して、ちょっとズルもしたそうです。
充は結婚指輪を外して家を出ますが、最後に交わした言葉は「さようなら」ではなく「行ってきます」「行ってらっしゃい」。
この距離感こそが、このドラマらしいところなんですよね。
インターホンの相手があえて明かされない理由
ここまで振り返ったうえで、本題のインターホンのシーンに入っていきます。
なぜ制作陣は、あえて相手の姿を見せなかったのでしょうか。
脚本を手がけた生方美久さんは、タイトルを決める際のインタビューで「含みを持たせる意味で」という言葉を使っていました。
もともと「Tシャツ」というタイトル自体、男女の差があまりないフラットなものを選んだ、という裏話も明かしています。
このエピソードを知ってから最終回を見返すと、ラストの余白も同じ考え方の延長線にあるんじゃないかと感じるんです。
つまり、答えを隠しているというより、最初から「はっきりさせない」ことを選んで作られた結末なんじゃないかと、私は見ています。
視聴者に委ねる終わり方って賛否が分かれがちですが、このドラマに関しては、それも含めて一つの作品なんだろうなと思わされました。
訪問者は充?かぼちゃと「おかえり」が示す根拠
ここからが、この記事でいちばん書きたかった部分です。
私が「充なんじゃないか」と考える根拠を、3つに分けて紹介します。
かぼちゃのセリフが示すもの
ラストシーンで咲子は、食事の支度をしながら冷蔵庫から取り出したかぼちゃを見て、「今日、コレいらないや」と言って戻す仕草を見せています。
このかぼちゃ、充が苦手な食材として物語のなかで繰り返し描かれてきたものなんです。
つまり、今日の来客が誰なのかを、咲子自身がすでに分かっている描写だと読み取れます。
苦手な人のために献立から外す、というのは、けっこう分かりやすいヒントだと思うんですよね。
「行ってきます」と「おかえり」の言葉の対応
もうひとつの手がかりが、言葉の対応関係です。
充は家を出るとき「行ってきます」と言いました。
そして咲子が出迎えるときの言葉は「おかえり」。
「行ってらっしゃい」と「おかえり」というセットで考えると、この言葉選びは充との関係が続いていることを示しているように思えます。
さらに私が気になったのは、食卓に2人分の箸とグラスが並べられていたことです。
報道によると、その配膳をしているタイミングでインターホンが鳴っています。
来客があってから慌てて準備した感じではなく、最初から誰かと食べる前提で支度をしていた。
ここ、地味に大きいポイントだと思うんですよ。
かぼちゃ、言葉の対応、2人分の食卓。
この3つが同じ方向を指しているので、訪問者は充である可能性が高いんやないかと、私は見ています。
もちろん、これはあくまで筆者としての見立てであって、断定はできません。
Tシャツの色は訪問者の手がかりになるのか|樹生説を検証
充説と並んでよく挙がっているのが、樹生説です。
こちらも根拠になっている描写があるので、順番に見ていきます。
物語が終わる直前、タイトルロゴとともに、庭に干してあった白いTシャツが風に揺れるカットが入ります。
終了3秒前という、これ以上ないほど意味ありげな位置です。
で、ここで思い出されるのが第3話。
樹生は、想像のなかに現れたあずさから「日本一、白Tにこだわる男」と言われていました。
樹生本人も、あずさがくれたTシャツについてサイズや生地の厚さ、首元のしまり具合まで語り、同じものをネットでまとめ買いしている様子が描かれています。
こだわりの方向性が細かすぎて、正直ちょっと笑ってしまったんですが、それだけ印象に残る設定だったんですよね。
ラストに映った白Tシャツも首回りがタイトめで、樹生の私物ではないかという見方が出ているわけです。
ただ、私はここで引っかかることがあります。
樹生は同じTシャツをまとめ買いしている、という設定でした。
つまりあのTシャツは「量産型の白T」であって、樹生だけのものだと特定できる品ではないんですよね。
同じものを何枚も持っている、という設定自体が、持ち主の特定を難しくしてしまっている。
制作側がそこまで計算していたとしたら、なかなかの意地悪です。
ちなみにネット上では「干してあったのは白ではなくミントグリーンに見えた」という声もあって、色の見え方すら一致していません。
そもそも何色に見えたかで揉めている時点で、決め手にするには弱いよなあと私は思っています。
洗濯物として干してあるだけなら、遊びに来たときに汚したものを洗ってあげた、くらいの可能性も残りますし。
Tシャツ1枚で恋愛関係を想像してしまうこと自体を揺さぶるのが、このドラマだったような気もするんです。
咲子の家に来たのは充以外の誰か|新恋人・別人物説を検証
では、充でも樹生でもない、まったく新しい人物という可能性はどうでしょうか。
こちらも一応、考えてみます。
新恋人説がネット上で挙がっていたのは事実です。
ただ、これまで整理してきた言葉の対応やかぼちゃのエピソードを踏まえると、私はこの可能性は低いんじゃないかと考えています。
「おかえり」という言葉は、本来「戻ってくる人」に向けて使う言葉です。
初対面や、出会って間もない相手に対して使う言葉としては、ちょっと不自然な気がします。
咲子が新しい関係を築いていたなら、もう少し違う出迎え方になったんじゃないかな、と。
面白い展開っちゃ面白い展開なんですけど、そこまで振り切らんでもええやん、とツッコミたくなるところで。
これまで積み上げてきた描写との整合性を考えると、新恋人説の優先順位は高くないというのが私の見方です。
Xで割れた視聴者の考察|訪問者は誰だと思う?
最後に、実際にXやニュースのコメント欄でどんな声が上がっていたのかも紹介しておきますね。
ざっくり分けると、いくつかの立場に分かれていた印象です。
いちばん多かったのは、やっぱり充派でした。
「帰ってきたのは充なのでは」「行ってきますで別れたから、おかえりは充かな」といった声が目立ちます。
次に多かったのが樹生派で、白いTシャツの描写を根拠にする意見です。
さらに「新しい恋人では」という声や、喫茶店を継いだ直人ではないか、咲子の元夫ではないか、といった少数意見も見かけました。
本命から大穴まで並べて予想している投稿もあって、もはや競馬の予想みたいになってるな、と。
そして意外と目立ったのが、「誰か分からないまま終わるのがいい」という余韻肯定派です。
ここまで意見が割れるのは、それだけ制作陣が丁寧に伏線を敷いていた証拠でもあると思います。
正解がひとつに決まらない終わり方だからこそ、こうして考察がずっと盛り上がり続けているのかもしれません。
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まとめ
最後に、この記事で整理してきたことをまとめておきます。
- 最終回は、咲子が充に「別れよう」と切り出すところから始まり、2人は納得のうえで離婚を選んだ
- 洗濯物が乾くまでの時間を惜しんで霧吹きで水をかけるシーンで、タイトル「Tシャツが乾くまで」が回収された
- ラストのインターホンのシーンでは、来訪者の姿はあえて映されなかった
- かぼちゃのセリフ、「行ってきます」「おかえり」の言葉の対応、2人分の食卓という3つの手がかりから、訪問者は充である可能性が高いと考えられる
- 終了3秒前に映った白いTシャツから樹生説も浮上したが、樹生は同じTシャツをまとめ買いしている設定のため、持ち主の特定は難しい
- 新恋人説は、「おかえり」という言葉の選び方を踏まえると優先順位は高くなさそう
- Xでは充派・樹生派・新恋人派などに意見が分かれており、それだけ視聴者の心をつかんだ最終回だったと言える
正直なところ、私は最後まで名前を出さなかった演出、すごく好きです。
答えをはっきり見せてしまうより、こうやって「誰だろうね」と誰かと話したくなる終わり方のほうが、作品として長く記憶に残る気がするんですよね。
もしこの記事を読んで「私はこう思う」という考えが浮かんだ方がいたら、ぜひその見方も大事にしてほしいなと思います。
正解のない問いを、みんなで持ち寄って考える時間そのものが、このドラマの楽しみ方なんじゃないかなと感じています。


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