夏の甲子園で、マウンドに上がるなり150キロを投げ込んだ大分商業の平田玲翔(ひらたれいと)さん。
188cmの長身で、しかも足まで速いんですよ。
「この子、いったいどんな家で育ったん?」と気になって調べてみたら、両親(父・母)がそろってアスリートだったんです。
おまけに、お姉さんまで運動部のキャプテン。
この記事では、平田玲翔さんのwiki風プロフィールや経歴とあわせて、父・母・兄弟の家族構成をまとめました。
アスリート一家ならではの「親譲り」のポイントも、私なりに考えてみますね。
平田玲翔のwiki風プロフィール
まずは、平田玲翔さんがどんな選手なのか、基本のプロフィールから見ていきましょう。
数字を並べるだけで、ちょっと笑ってしまうくらいのスペックなんですよ。
平田玲翔の読み方と基本データ
名前は「平田玲翔」と書いて「ひらたれいと」と読みます。
プロフィールは次のとおりです。
- 名前:平田玲翔(ひらたれいと)
- 生年月日:2008年7月5日
- 年齢:18歳(2026年10月22日時点)
- 出身地:大分県玖珠町
- 身長・体重:188cm・80kg
- 投打:右投右打
- ポジション:投手
- 出身中学:玖珠町立くす星翔中学校
- 高校:大分県立大分商業高校
大分商業ではエースとキャプテンを兼任していました。
投げても打ってもチームの中心という、まさに大黒柱です。
188cmの長身とスリークォーターから投げ込む最速152キロ
玲翔さんの最大の武器は、最速152キロのストレートです。
スリークォーターとは、真上からではなく、斜め上くらいの角度から腕を振る投げ方のこと。
もともとは上から投げていましたが、高校2年の冬にこのフォームへ変えたと紹介されています。
お手本にしているのは、アストロズへ移籍した今井達也投手なんだとか。
変化球も、スライダー、チェンジアップ、カーブ、スプリットと多彩です。
さらに打っては高校通算20本塁打、50m走は6秒0。
投げて、打って、走れる。
……188cmでこれって、もはや反則では。
平田玲翔の両親(父・母)もすごいアスリートだった
ここからが、私がいちばん書きたかったところです。
玲翔さんの身体能力のルーツをたどっていくと、両親の競技歴にたどり着くんですよ。
平田玲翔の父親は学生時代に走り高跳びの選手
お父さんの名前は、平田靖浩さん。
学生時代は、陸上の走り高跳びの選手だったと報じられています。
走り高跳びは、助走の勢いを一瞬で「上に跳ぶ力」に変える競技です。
必要なのは、脚のバネと、体を思いどおりに操る感覚。
これ、そのまま玲翔さんの持ち味に重なるんです。
大分商業の那賀誠監督も、ボールや体の使い方をその場で調整できる「感覚」のよさを評価しているそうですよ。
母親は実業団でプレーした元バレーボール選手
お母さんの平田朋恵さんは、実業団でプレーしていた元バレーボール選手とのことです。
実業団といえば、企業チームに所属して競技を続けるトップレベルの世界。
学生時代にちょっとかじった、というレベルではないんですよね。
幼いころの玲翔さんは、家で甲子園中継を見ながら、服をベース代わりに置いてスライディングのまねをしていた、というエピソードも紹介されています。
リビングが甲子園。
想像するだけで、ほっこりしてしまいます。
平田玲翔の長身とバネは両親から受け継いだ?
ここで、玲翔さんの体力測定の結果を見てみましょう。
2025年12月に行われた、大分県の高校野球選手の体力測定では、次のような数字だったそうです。
- 100m走:11秒2(県内2位)
- 立ち三段跳び:8m90(県内1位)
立ち三段跳びは、助走なしでその場から3回続けて跳ぶ種目です。
まさにバネのかたまりのような数字なんですよ、これが。
そして、ここで気づいてしまいました。
お父さんは走り高跳び。
お母さんはバレーボール。
どちらも「跳ぶ」競技なんです。
跳ぶ×跳ぶ=そりゃ跳ねますよ、息子さん。
……計算式としては、だいぶ雑ですけどね。
もちろん、運動能力は遺伝だけで決まるものではありません。
それでも私は、立ち三段跳び県内1位のバネは、両親の「跳ぶ才能」の合わせ技なのではないかと思っています。
長身でここまでバネのある選手は珍しい、とスカウトが驚いていたのも、この家系を知ると納得です。
平田玲翔の兄弟は姉が2人!アスリート一家の家族構成
続いては、兄弟について見ていきます。
玲翔さんには姉が2人いて、3人きょうだいの末っ子だそうです。
家族構成をまとめると、こんな感じになります。
- 父:平田靖浩さん(学生時代は走り高跳びの選手)
- 母:平田朋恵さん(実業団の元バレーボール選手)
- 姉:2人(1学年上の姉は大分商業女子バレー部の元主将)
- 本人:平田玲翔さん(3人きょうだいの末っ子)
両親だけでなく、お姉さんまでスポーツで活躍しているんですよ。
もう一人のお姉さんについては、名前や競技歴は公表されていないようです。
平田玲翔の1学年上の姉は大分商業女子バレー部の主将
1学年上のお姉さんは、平田咲凪(ひらたさきな)さん。
大分商業の女子バレーボール部で、キャプテンを務めていました。
地元のスポーツメディアによると、新チームでは唯一の3年生だったそうです。
上級生の役割を一人で背負うなんて、相当なプレッシャーですよね。
監督からは、速攻(トスを素早く打ち込む攻撃)やセンター攻撃の起点になれる唯一の存在と評価されていたんだとか。
しかも、言葉よりも練習に向かう姿勢でチームを引っ張るタイプだったと紹介されています。
これ、弟の玲翔さんの評価とそっくりなんです。
玲翔さんもマウンドで感情を表に出すタイプではなく、勝負どころで熱くなるキャプテンだと言われています。
お母さんのバレーをお姉さんが受け継ぎ、弟は野球で花開く。
私は、玲翔さんのキャプテン像は、1年先に同じ立場を経験したお姉さんの背中を見て作られたのではないかと思っています。
平田玲翔の大分商業進学と母のサポート生活
玲翔さんが大分商業を選んだ背景にも、お姉さんの存在があったと言われています。
お姉さんの進学をきっかけに、お母さんが大分市に部屋を借り、お父さんと玲翔さんは玖珠町に残っていた時期もあったそうです。
そして玲翔さんが入学してからは、お母さんが学校近くのアパートで一緒に暮らし、食事面などを支えてきたと報じられています。
家族が離れて暮らしてでも、子どもの部活を全力で応援する。
188cmの体を作ったのは、遺伝だけでなく、お母さんのごはんでもあるはずです。
……高校生男子の食べる量、想像しただけで米びつが空になりそうです。
平田玲翔の経歴|小学校・中学校時代
ここからは、玲翔さんの経歴を順番に見ていきます。
意外なことに、本格的にピッチャーを始めたのは高校に入ってからなんですよ。
平田玲翔が野球を始めた森エンゼルス時代
玲翔さんが野球を始めたのは、玖珠町立森中央小学校の1年生のとき。
地元の軟式チーム「森エンゼルス」に入ったのがスタートだったそうです。
リビングでスライディングしていた少年が、いよいよ本物のグラウンドへ。
そう思うと、なんだか胸が熱くなります。
くす星翔中・玖珠ボーイズ時代と投手転向のタイミング
中学は玖珠町立くす星翔中学校に進み、硬式の「玖珠ボーイズ」でプレーしました。
もともとはショートを守っていて、守備のうまい選手だったとも言われています。
本格的に投手を始めたのは、大分商業に入学してから。
ということは、投手歴はまだ2年半ほどなんです。
え、それで152キロ?と二度見したのは、きっと私だけではないはずです。
平田玲翔の経歴|大分商業で「九州No.1右腕」へ成長
大分商業での3年間は、まさに右肩上がりの成長物語です。
途中には苦しい時期もありましたが、最後は甲子園で全国にその名を知らしめました。
平田玲翔の球速は1年秋142キロから3年夏152キロへ
玲翔さんは、1年の秋から投手陣の一角に入りました。
球速の伸びを表にまとめると、こうなります。
| 時期 | 最速 | 主な場面 |
|---|---|---|
| 1年秋 | 142キロ | 1年の秋ごろ |
| 2年夏 | 145キロ | 夏の大分大会・大分南戦 |
| 3年春 | 150キロ | 春季大会・明豊戦 |
| 3年夏 | 152キロ | 夏の大分大会・佐伯鶴城戦 |
球速は、試合の記録や報道をもとにした目安です。
それにしても2年半で、なんと10キロアップ。
冬には2段モーションに変えたり、ウエートトレーニングで下半身を鍛えたりと、地道な積み重ねがあったようです。
スクワットなどで扱える重さは、以前の倍になったとも話していたそうですよ。
右肩の違和感を抱えながら13年ぶりの夏の甲子園へ
順調に見えた3年生ですが、春の大会のあとに右肩の違和感を訴えます。
6月の関東遠征では登板を回避し、夏の大分大会はすべてリリーフでの登板になりました。
それでも準々決勝の佐伯鶴城戦で、自己最速の152キロをマーク。
準決勝では強豪・明豊にサヨナラ勝ちし、明豊の連覇を止めてみせました。
大分大会では、投手として17回2/3を2失点、打者としても打率.476を記録しています。
肩に不安を抱えて、この数字。
チームは、13年ぶり16度目となる夏の甲子園出場を決めました。
甲子園で29年ぶりの白星、2回戦で英明に惜敗
甲子園の初戦は8月8日、新潟の日本文理との1回戦でした。
0対2とリードされた3回、ノーアウト一・二塁のピンチで玲翔さんがマウンドへ。
いきなり初球が150キロ、2球目が151キロ。
これ、中継で見ていたら絶対に声が出るやつです。
試合後には、球場の雰囲気を変えるつもりで投げたという趣旨のコメントも残しています。
7回を2失点に抑え、チームは6対4で勝利。
大分商業にとって、29年ぶりの甲子園での白星でした。
8月13日の2回戦、香川の英明戦では5回から登板しましたが、四死球が重なって5失点(自責点2)。
チームは1対6で敗れ、玲翔さんの最後の夏が終わりました。
試合後には、進路を「プロ一本」と明言しています。
平田玲翔のドラフト評価とプロでの目標
甲子園での活躍で、玲翔さんは一気にドラフト上位候補として注目される存在になりました。
プロの目にはどう映っているのか、そして本人はどこを目指しているのかを見ていきます。
平田玲翔に12球団すべてから調査書、スカウトの評価は
玲翔さんはプロ志望届を提出し、12球団すべてから調査書が届いたそうです。
調査書とは、球団が指名を検討している選手に送る書類のこと。
全球団から届くのは、それだけ注目されている証拠なんですよ。
スカウトからは、次のような評価が報じられています。
- 巨人の榑松伸介スカウトディレクター:潜在能力は高校生でトップクラス
- ソフトバンクの永井智浩編成育成本部長兼スカウト部部長:スライダーのキレと、大柄なのに動きが硬くない身体能力を評価
- 中日のスカウト:体はまだ細いのに150キロ、将来が楽しみ
どの評価にも共通しているのは「伸びしろ」への期待です。
投手歴2年半で、この評価。
私は、プロでじっくり体を作れば、155キロ超えも十分見えてくるのではないかと思っています。
甲子園の土を持ち帰らなかった理由と「メジャー」への夢
甲子園で敗れたあと、玲翔さんは甲子園の土を持ち帰らなかったと伝えられています。
理由は、もう一度この場所に戻ってくるつもりだから、とのこと。
プロになって甲子園で勝つ、という目標を胸に秘めているとも言われています。
……かっこよすぎません?
さらにドラフト会議を前にしたインタビューでは、目指すところはメジャーリーグだと語っていました。
まずは日本でトップレベルの投手になり、大分県に勇気を与えるプレーがしたいとも話しています。
18歳でこの言葉が出てくるあたり、器の大きさを感じずにはいられません。
\2026ドラフトの気になる選手は⬇︎/
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まとめ
ここまで、平田玲翔さんのwiki風プロフィールや経歴、両親・兄弟の家族構成を紹介してきました。
最後に、ポイントを整理しておきますね。
- 平田玲翔さんは大分商業のエース兼主将で、最速152キロの右腕
- 出身は大分県玖珠町、2008年7月5日生まれ
- 父・靖浩さんは学生時代に走り高跳びの選手
- 母・朋恵さんは実業団の元バレーボール選手
- 1学年上の姉・咲凪さんは大分商業女子バレー部の元主将
- 本格的な投手歴は、高校からの約2年半
- 12球団すべてから調査書が届き、目標はメジャーリーグ
調べる前は「すごい高校生がいるなぁ」くらいの気持ちだったんです。
でも家族のことを知ってから、見え方がガラッと変わりました。
跳ぶ競技の両親、バレーで主将を務めたお姉さん、そして離れて暮らしながら食事を支えたお母さん。
玲翔さんのあの軽やかな投球には、家族みんなのバネが詰まっているように思えてなりません。
(すっかり親戚のおばちゃん目線で語ってしまいました。)
プロの世界に進んでも、アスリート一家の応援がいちばんの追い風になるはずです。
いつか甲子園のマウンドに、プロとして帰ってくる日を楽しみに待ちたいと思います。


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