格闘家として名前を知った人も多いこめおさんですが、今は麻布十番の割烹「こめを」を切り盛りする料理人です。
なぜ料理人になったのか、その理由が気になって私も調べてみました。
服役中に食べた白米との出会いだけが理由だと思っていたら、実はそう単純な話でもなさそうなんですよね。
会社をたたんだ経緯や、飲食店で働き始めた時期など、順を追うとまた違う顔が見えてきます。
修行経験の有無も含めて、分かったことを整理していきますね。
こめおが「料理人になった理由」をひとことで整理
まずは、こめおさんの基本プロフィールをおさらいしておきます。
- 活動名:こめお
- 本名:沼倉大将(ぬまくらだいち)さん
- 生年月日:1995年3月7日(3月8日とする情報もあります)
- 年齢:31歳(2026年9月8日時点)
- 肩書き:割烹こめを 統括料理長/かにを 店主、元格闘家
結論から言うと、こめおさんが料理人になった理由はひとつではありません。
服役中に白米のおいしさに気づいたこと。
これがよく語られるきっかけです。
でも、それだけで割烹の統括料理長にまでなれるかというと、正直そこまで単純じゃないと思うんですよ。
起業した会社が立ち行かなくなり、他の道が消えていったタイミングも、かなり大きく関わっていたようなんです。
このあと、時系列を追いながら一つずつ見ていきましょう。
服役中の白米体験に見る、こめおが料理に目覚めた原点
こめおさんの料理人としての原点は、やはり収容されていた時期の食事にあると語られています。
まずはこのエピソードから確認していきますね。
独房生活で気づいた「食べる」ことの重み
こめおさんが2020年に起業した際のプレスリリースに、本人のコメントが残っています。
そこには、自暴自棄な10代を過ごした末に収容された経験があること、当時は食欲がなく、何を食べても味気なく感じて体重が激減してしまったことが書かれていました。
そんな中で、年に数回だけ白米を食べられる機会があったそうです。
その時に「お米ってこんなに美味しいんだ」と、涙が止まらなくなったと本人が振り返っています。
出典:PR TIMES(株式会社Fooppy)
食べることのありがたみって、満たされているときにはなかなか気づけないものなんですよね。
毎日ほとんど無心で白米を炊いている私からすると、ちょっと胸に刺さるエピソードでした。
そしてこの体験を、こめおさんは感動だけで終わらせなかったんです。
「お米で人々の生活に温もりを与える事業をやろう」と決めて、実際に動き出しました。
服役期間の長さは情報によって差があり要確認
服役期間については、複数のメディアが「4年半」と紹介しています。
ところが、先ほどの起業時のプレスリリースでは、こめおさん自身が「1年半におよぶ独房生活」という表現を使っているんですよね。
数字がここまで違うと、さすがに引っかかってしまいます。
これはあくまで私の予想ですが、「独房生活」という言葉が服役期間の全体ではなく、その中の特定の時期を指しているのではないかと見ています。
独房で過ごした期間と、収容されていた期間の合計。
この2つが混ざって伝わっているのかもしれません。
正確な期間は公式には確認できませんでしたが、長期間にわたって自由を制限された生活を送っていたことは間違いなさそうです。
出所後のこめお、マーケティング職と米ビジネスへの挑戦
出所してすぐに料理人になったわけではありません。
こめおさんが最初に選んだのは、まったく別の道でした。
全国の農家を訪ねて取得した「ごはんソムリエ」の資格
出所後、こめおさんはECサイトの運用などを手がけるコンサル企業に入社し、マーケティング部門を担当していたそうです。
そして同じ時期に、自分の足で全国の農家を訪ねて回っていたといいます。
会社員をやりながら日本各地の田んぼへ、ですよ。
行動力がちょっと桁違いなんですよ、これが。
この時期に取得したのが「ごはんソムリエ」という民間資格です。
お米の炊飯や栄養、衛生管理といった知識を身につけた人に贈られるもので、活動名の「こめお」もこの資格が由来になっています。
2020年5月には、お米を扱う「株式会社Fooppy」を設立。
ブレンド米の専門ブランドを立ち上げ、クラウドファンディングにも挑戦しています。
起業した会社の倒産と「料理人しかない」とたどり着いた転機
順調に見えた起業ですが、こめおさんが代表を務めた事業は長くは続きませんでした。
ここが、料理人への道を決めた大きな分岐点になります。
2022年3月、こめおさん自身がXで「会社はとっくに潰れた」という趣旨の投稿をしています。
生活していくのがやっとで、朝から晩まで働かなければならない状況だったこと、それでも人生を変えたいと思っていることが、あわせてつづられていました。
うまくいかなかった理由については、営業活動の難しさに加えて、法人の銀行口座を開設できなかったことも大きかったとされています。
複数の情報源で確認が取れたわけではないので断定はできません。
ただ、事業を続けるうえで口座が作れないというのは、想像するだけでも相当きついですよね。
出所後に社会的な信用を取り戻すことの難しさが、そのまま経営の壁になってしまったのだと思います。
会社をたたんだあと、こめおさんは「自分に何が残っているのか」を考えたそうです。
そこで出た答えが「料理人しかない」でした。
白米への感動という前向きなエピソードばかりが語られがちです。
でも実際には、選べる道が一つずつ消えていった結果として料理に行き着いた側面も、確実にあったのではないかというのが私の見立てです。
きれいな理由だけで人生が動くことなんて、そう多くはないですもんね。
こめおに修行経験はあったのか?会員制の飲食店で働いた時期を検証
「独学で料理を覚えた」とする情報がある一方で、飲食店で働いていた時期があったという話も出てきます。
このあたりを整理してみましょう。
知人の紹介で得た料理人としての最初の一歩
会社をたたんだあと、こめおさんは知り合いの経営者から声をかけてもらい、飲食店で料理人として働き始めたとされています。
完全会員制のお店だったという情報もありました。
ここで面白いのが、その店に客として来ていたのが朝倉未来さんだったという点なんです。
しかも一緒に写真まで撮っていたのに、後にBreakingDownのオーディションで再会したとき、朝倉未来さんはこめおさんだと気づかなかったといいます。
髪型も表情も別人のようだった、と。
同じ人物が半年ほどで印象を変えてしまうって、なかなかの振れ幅ですよね。
大事なのは、この飲食店勤務がBreakingDown出場より前の出来事だったということです。
格闘技で有名になったから料理人になったのではなく、すでに料理人としての一歩を踏み出していたところに知名度が乗った、という順番だったわけですね。
「独学」という情報との食い違いをどう見るか
一方で、「独学で料理を学んだ」と紹介されているケースもあります。
料理学校に通ったとか、有名店で何年も修行を積んだといった典型的なエピソードは、公開されている情報の中には見当たりませんでした。
独学なのか、現場で覚えたのか。
どっちやねん、と言いたくなるところなんですが、そもそもこの2つって対立する話ではないんですよね。
体系立った板前修行ではなく、店の厨房に立ちながら実地で技術を積み上げていった。
それが実態に近いのではないかと私は考えています。
学校に通っていなくても、毎日厨房で包丁を握っていた期間があるなら、それも立派な修行だと思うんですよ。
肩書きばかりが先に立ちがちですが、地道な下積みの時間があったからこそ今があるんだと思うと、見方が少し変わりませんか。
BreakingDown出場と料理人としての再出発が重なったタイミング
こめおさんの名前が一気に広まったのは、2022年3月の出来事がきっかけでした。
格闘技イベント「BreakingDown」の第4回大会オーディションに登場し、アウトローのカリスマと呼ばれる瓜田純士さんにタメ口で突っかかっていく姿が、大きな話題を呼んだんです。
料理人なのに闘う人。
このギャップこそが、こめおさんの最大の武器になりました。
ただ、ここまで見てきた経緯を踏まえると、料理人としての活動は出場前からすでに始まっていた可能性が高いと言えます。
有名になったから料理を始めたのではなく、料理人としての土台があったところに格闘技という強烈なキャラクターが重なった。
そうして「闘う料理人」という唯一無二の肩書きが完成した、と考えるのが自然かなと思います。
その後、2023年11月16日には麻布十番に完全予約制の「割烹こめを」がオープン。
こめおさんは統括料理長として、ここから本格的に料理人の道を歩み始めることになります。
まとめ
ここまで、こめおさんが料理人になった理由や経緯、修行経験について調べてきました。
分かったことを整理しておきますね。
- 服役中に食べた白米のおいしさが、料理と向き合う原点になったとされている
- 服役期間は「4年半」とする情報と、本人発言による「1年半の独房生活」という表現があり、食い違いが見られる
- 出所後はマーケティング職に就きながら全国の農家を回り、「ごはんソムリエ」の資格を取得した
- 2020年設立の会社は長く続かず、銀行口座を開設できなかったことも一因とされている
- 会社をたたんだ後に「料理人しかない」と考えたことが、道を決める直接のきっかけになった
- 知人の紹介で入った飲食店での勤務は、BreakingDown出場より前だった可能性が高い
- 2023年11月に「割烹こめを」がオープンし、統括料理長として本格始動した
こうして並べてみると、「白米に感動して料理人になりました」の一言では到底まとめられない道のりだったことが分かります。
感動があって、挑戦があって、失敗があって、それでも残ったものが料理だった。
順番としては、けっこう泥くさいんですよね。
なお2026年9月現在、こめおさんは店の営業をめぐって難しい局面に立たされています。
料理人としてどう向き合っていくのか、まだ本人も答えを出せていない段階のようです。
ここまでの歩みを知ったうえで見ると、この先の選択にはまた別の重みがある気がします。
私も静かに見守っていきたいと思います。
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