2026年4月23日放送の「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)で、常見陽平さんと玉川徹さんが激しくぶつかり合う一幕がありました。
ネットニュースで「放送事故級」「大激論」と報じられたのを見て、「え、何があったの?」と気になっている方も多いんじゃないでしょうか。
私もリアルタイムで見ていなかったのですが、後からニュースを追ってみてびっくり。
働き方についての話から始まったのに、なぜか番組の報道姿勢にまで発展して、スタジオが凍りつく場面まであったとか。
この記事では、常見陽平さんと玉川徹さんの論争の全容を整理しながら、両者の意見のどこが正しくてどこがズレていたのかを、私なりに考えてみます。
常見陽平と玉川徹がモーニングショーで何があったのか?論争の全容を整理
まず、「結局どういう流れで揉めたの?」という全体像をざっくり整理します。
この日のモーニングショーに、労働社会学を専門とする千葉商科大学基盤教育機構教授・常見陽平さん(52歳 ※2026年4月26日時点)がゲスト解説者として出演していました。
テーマは「昭和と令和の働き方の違い」。
静かな退職・ホワイトハラスメント・早期離職といった若者の働き方の問題を取り上げる特集だったのですが、そこにコメントを求められたフリーコメンテーターの玉川徹さん(62歳 ※同)がひと言ふた言発したことで、火花が散ってしまいました。
論争は大きく2つの場面で起きています。
- 第1ラウンド:若者の働き方・精神論をめぐる直接対決
- 第2ラウンド:松岡アナへの質問をきっかけにスタジオが凍りつく場面
どちらも、見ていた人たちの間でかなり話題になっていました。
番組のテーマは「静かな退職」と「ホワイトハラスメント」だった
論争に入る前に、この日の番組テーマを少しだけ押さえておきます。
「静かな退職」というのは、会社を辞めているわけではないけれど、仕事への熱意を失い、最低限の業務だけをこなして必要以上には頑張らない働き方のこと。
近年、若者を中心にこういう働き方が広がっている、という話が取り上げられていました。
また、「ホワイトハラスメント」というワードも登場しています。
上司や先輩が過剰に気を遣いすぎるあまり、新入社員が叱られる機会も指導を受ける機会も失ってしまい、逆に「成長できない」と感じてしまう現象のことです。
要するに、厳しくしてもハラスメント、優しくしてもハラスメント、じゃあどうすればいいの?という、令和の職場あるある問題を特集していたわけです。
常見さんはこうした問題に対して、「会社側の仕組みの問題として捉えるべきだ」という立場でゲスト解説に登場したのですが……そこに玉川さんが噛みついたのが今回の論争の始まりです。
玉川徹の「辞めるやつは辞める」発言で激論がスタート
コメントを求められた玉川さんは、自身の経験談を交えながらこう語りました。
「僕なんか全然上司の言うことを聞かない新入社員で、軋轢はすごかった。でも軋轢があっても、生き残る人間は生き残るとしか思わない。温かく迎え入れても辞めるやつは辞めちゃうし」
これ……なかなかパンチのある発言ですよね(笑)。
「辞めるやつは辞める」、言ってることはわからなくはないんですよ。
でも専門家を呼んでいるスタジオで、その専門家が解説している目の前で言い切るのは、さすがにちょっと……という感じがします。
常見陽平が真っ向反論「精神論で世の中を見てはいけない」
玉川さんの発言に対して、常見さんが即座に反応しました。
「玉川さんが生き残れたテレビ朝日はまともな会社だと思いますよ。とはいえ、後半の発言は全く賛同できない。精神論で世の中を見てはいけない」
さらに続けて、
「普遍的な仕組みを見出していかないといけない。そうじゃないと日本の職場が不幸なままになるし、苦しい思いをするのは若者たちなんだから、そこを考えないといけない」
とバッサリ。
「玉川さんの会社はまともだったんじゃないですか?」という切り返しが、なかなか上手いなと思いました(笑)。
ちゃんと相手の立場を尊重しながら、でもしっかり「それは違います」と言い切っている。
さすが専門家という感じです。
「苦しさの種類が違う」議論は平行線のまま終わる
ただ、玉川さんもすんなり引き下がりません。
「苦しい思いは僕らだって、それより前の世代だってしてますよ。今の世代だけ苦しい思いをしているみたいなことを言われると、むしろ甘やかしているんじゃないの?」
するとまた常見さんが「ちょっと待ってください!」と。
「それは全く賛同できません。苦しさの種類が全く違う。そもそも、ハラスメントがこれだけ容認されていた社会っておかしいと思いませんか?」
玉川さんが「容認されてないから大変だったんですよ」と返して、常見さんが「だからこそ容認してはいけない!」と言い、二人は全く噛み合わないまま平行線のまま終了。
見かねた羽鳥慎一さんが割って入り、無理やり話をまとめて次のテーマへ移りました。
「朝から生テレビ」みたいな状況になっていたとか(笑)。
このやり取りだけでもかなり濃いのですが、実はもう1つ、さらに混沌としたシーンがあったんです。
実は2つ目のバトルもあった!松岡アナへの質問で場が凍りついた瞬間
常見さんは、「静かな退職」の説明の流れで、「自分の会社がまともなことをしているのか、社員が疑問を持ち始めることが問題の根っこにある」という話をしていました。
そこから、テレビ朝日の入社3年目・松岡朱里アナウンサーに向かって突然こう問いかけます。
「例えば、松岡さんに聞きたいんですけど、最近のワイドショーってどう思いますか? 毎日京都の事件ばかり報道しないといけないのかな、とか感じませんか?」
この瞬間、スタジオが凍りつきました。
松岡朱里アナウンサーは言葉を詰まらせ、5秒ほど沈黙……。
放送事故寸前のあの空気感、見た人からするとかなりヒヤヒヤだったと思います。
羽鳥さんが「それはちょっと後にしましょう」と流そうとしたところに、ほぼ同時に玉川さんが
「それは今、彼女に話をさせるのはすごくリスキーですよ。かわいそう。そんなこと聞くべきじゃない」
と割って入ったわけです。
常見さんの意図としては、「自分の会社の報道姿勢を、実際に働いている若い社員はどう感じているか」という問いかけだったようです。
でも、京都の事件の報道姿勢という具体的な話題を持ち出したことで、予想外に玉川さんが敏感に反応。
本来の意図が伝わりにくくなってしまったというのが、正直なところかなと思います。
「コメンテーターや解説者が番組の意図に都合よく動かされるのではなく、おかしいことはおかしいと声を上げる流れ自体はいい」と評価する声もある一方、「さすがに若いアナウンサーに振るのはやりすぎ」という指摘もあって、ここは意見が分かれるところです。
玉川徹の言いたいことはわかる、でもやっぱり時代が違うと思う
ここから私の話をさせてください。
玉川さんの「辞めるやつは辞める」「昔だって苦しかった」という感覚、40代の私にはわからなくはないんですよ。
むしろちょっとわかってしまう自分がいる(笑)。
私もどちらかというと「とにかくやってみる」「根性でなんとかする」系の人間なので、スマートフォンで何でも調べられてマニュアルも整備されていて、ハラスメントにもすぐ気づいてもらえる今の時代に「それでも職場がつらい」と言われると、正直「……うーん」ってなる瞬間はあるんです。
でもね。
でも、それって「昔が正しかった」ということじゃないと、頭ではわかっているんです。
当時がしんどかったとしたら、それは「しんどくて当然の環境だった」ということで、それが今の若者にも必要とは全く話が別。
「自分たちだってそうだった」は、その状況が良かったという証明にはならないんですよね。
玉川さんが感じている「甘えているんじゃないか」という違和感、それ自体がまさに常見さんの言う「アップデートが必要な昔ながらの上司像」になってしまっているというか。
ちょっと耳が痛いですね(笑)。
常見陽平と玉川徹、どちらが正しかったのか考えてみた
結論から言うと、正しいことを言っていたのは常見さんの方だと思います。
ただ、玉川さんの発言にも「わかるわかる」と思う人は一定数いるはずで、それが今回の論争が炎上した理由のひとつだとも感じています。
整理するとこういう構図です。
| 玉川徹さんの立場 | 常見陽平さんの立場 | |
|---|---|---|
| 基本スタンス | 個人の根性・自己責任論 | 組織・社会の仕組みの問題 |
| 若者への見方 | 「甘やかし」との懸念 | 苦しさの種類が時代で違う |
| ハラスメントへの見方 | 昔もあったが乗り越えてきた | 容認してきた社会の構造が問題 |
| 正しい点 | 変化への適応力は必要という感覚 | 事実と専門知識に基づいた主張 |
| 問題点 | 個人的経験を一般論にしてしまっている | 伝え方・場の空気が伝わりにくかった面も |
玉川さんの「個人がどう乗り越えるか」という視点、ゼロではないと思います。
でも、それをスタジオで専門家と議論するときに「辞めるやつは辞める」と言い切ってしまうのは、「自分の経験を一般化しすぎ」という話で、論理的に弱いんですよね。
一方の常見さんは、感情ではなくデータと専門知識で話をしている。
ハラスメントが横行していた時代を「乗り越えた」のではなく、「それが当たり前だったことがそもそもおかしかった」という構造的な見方をしているわけです。
ただ、今回の論争をもうひとつの角度から見ると、番組側と常見さんのテンションのずれも大きかったと感じています。
番組としてはおそらく「最近の若者ってわからないよね〜」「時代が変わったよね」という、朝のワイドショー的な緩い着地を想定していたんだと思います。
そこに常見さんが専門家としてガチモードで入ってきてしまって、スタジオの温度差が生まれた。
ある元放送作家の方が「コメンテーターが番組に都合よく飼いならされるのではなく、おかしいことはおかしいと声をあげる流れ自体はいい」と語っていましたが、私もその感覚には賛同できます。
テレビが「なんとなく丸く収まればいい」ではなくて、「ちゃんと議論の場になる」方向にいくのは、視聴者としては歓迎したいなと。
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まとめ
今回のモーニングショーでの常見陽平さんと玉川徹さんの激論、ネットで流れてきたときは「また揉めてる〜」くらいの感覚だったのですが、内容を深掘りしてみると、単なるテレビの場外乱闘じゃないなと感じました。
この記事でわかったことをまとめます。
- 4月23日放送のモーニングショーで、「昭和と令和の働き方」特集をめぐって常見陽平さんと玉川徹さんが激しく対立した
- 玉川さんは「軋轢があっても生き残る人間は生き残る」「辞めるやつは辞める」という自己責任・精神論を展開
- 常見さんは「精神論で世の中を見てはいけない。苦しさの種類が時代で全く違う」と専門知識をもとに反論
- 二人の議論は全く噛み合わないまま平行線で終わり、羽鳥慎一さんが強引にまとめる展開に
- 松岡朱里アナウンサーへの「ワイドショーの報道姿勢」質問でスタジオが凍りつく第2ラウンドも話題に
- 正しいことを言っていたのは常見さんの方だが、伝え方や場の空気の読み方には課題もあった
- 番組側と常見さんのテンションのずれが、この論争をより混乱させた背景にある
玉川さんの感覚は「わかる」と思う人も多いはず。
でも「わかる」と「正しい」は別の話なんですよね。
昔の苦しさをそのまま今の若者に当てはめることが問題なのであって、昔の人が頑張ったことを否定しているわけじゃない。
そこが噛み合わなかったのがこの論争の本質だったと、私は思っています。
あなたはどちらの意見に近いですか?
ぜひ自分ごととして考えてみてほしいなと思います。


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