女優の星野真里さんと、夫で元TBSアナウンサーの高野貴裕さん。
大学時代の先輩後輩という間柄から、結婚まで9年もかかったという馴れ初めが、気になっている方も多いのではないでしょうか。
今回は、星野真里さんと高野貴裕さんの馴れ初めから交際エピソード、そして結婚を決意した理由まで、最新の情報も交えてまとめていきます。
星野真里と高野貴裕の馴れ初め|青山学院大学の先輩後輩から始まった関係
まずは、2人の出会いから振り返っていきます。
答えを先に言ってしまうと、出会いの舞台は青山学院大学でした。
- ・星野真里
- ・生年月日:1981年7月27日
- ・出身地:埼玉県
- ・最終学歴:青山学院大学文学部フランス文学科
- ・年齢:45歳(2026年8月27日時点)
- ・高野貴裕
- ・生年月日:1979年9月24日
- ・出身地:福島県いわき市
- ・最終学歴:青山学院大学文学部仏文科
- ・年齢:46歳(2026年8月27日時点)
学部は同じフランス文学系で、大学も同じ。
しかも先輩後輩の関係だったというのですから運命と言いたくなるところなんですが、実際はそんなにドラマチックではなかったようです。
学生時代は顔見知り程度だった2人
星野真里さんは、学生時代からすでに女優として活動していました。
高野貴裕さんは、そんな星野さんの存在を知ってはいたものの、深く話し込むような関係ではなかったと言われています。
同じキャンパスにいながら、顔を合わせれば会釈する程度。
……青春ドラマなら、ここで運命の再会フラグが立つところですよね。
TBS入社後、共通の友人を通じた再会が転機に
転機が訪れたのは、高野貴裕さんが2003年にTBSへアナウンサーとして入社したあとのことです。
共通の友人を通じて食事の席をともにする機会が訪れ、そこから関係が変わっていったと伝えられています。
口下手で、自分の気持ちを言葉にするのが苦手だったという星野真里さん。
そんな彼女の話を高野さんがじっくり聞いてくれたことが、距離を縮めるきっかけになったようです。
星野真里と高野貴裕の交際エピソード|9年間にわたった交際期間
再会をきっかけに交際へと発展した2人ですが、世間に公表されるまでには時間がかかりました。
ここでは、交際が公になった経緯と、交際期間中に交わされていたやり取りを紹介します。
2009年、大学時代の先輩との交際を自ら公表
星野真里さんが交際を公にしたのは、2009年7月26日のことでした。
DVD「月刊 星野真里」の発売記念イベントで、「大学時代の先輩と交際している」と自ら明かしたのです。
当時は名前を伏せた発表でしたが、その後お相手が高野貴裕さんであると一部で報じられることになります。
このとき、高野さんは星野さんに「自分の仕事に納得できるまで待っていてほしい」と伝えていた、という話も見つかりました。
ただこちらは、私が確認できた限りでは出典が一つに限られていたので、断定はできません。
とはいえ、アナウンサーとして駆け出しだった時期に、自分の足場をしっかり固めてから家庭を持ちたいと考えたのだとしたら、なんとも誠実な話だなと思うんですよね。
プロポーズエピソード|貸し切りカフェでのサプライズと星野真里の本音
9年という交際期間の終着点、プロポーズの場面がまた個性的でした。
星野真里さん本人がテレビで明かしたエピソードを、ここで詳しく紹介します。
2026年7月に放送されたトーク番組で、星野真里さんはプロポーズの当日について語っています。
いつも行くカフェのようなレストランに、高野貴裕さんのいとこも交えた3人で食事に出かけたそうです。
食事中、高野さんが星野さんへの感謝を語り始めたかと思うと、突然立ち上がってひざまずき、指輪の箱をパカッと開いたのだとか。
星野さんが「イエス」と答えた瞬間、まわりの席にいたお客さんが一斉に「おめでとう」と祝福してくれたそうです。
実はその日、店は貸し切りで、居合わせた「お客さん」は全員が高野さんの友人だった、というオチまでついています。
……仕込み、完璧すぎませんか。
実はこの日、星野さんは靴擦れで足を痛めていて「今日は出かけたくない」と言っていたのに、高野さんから「今日は絶対に行こう」と念押しされていたそうです。
計画の全容を知ってしまうと、その一言にも合点がいきますよね。
ただ、当の星野真里さんはというと、この盛大なサプライズに手放しで喜んだわけではなかったようで。
「私が望んでいたのはこういう形じゃなかったんだ」と本音を伝え、ちょっとしたケンカにまで発展したというのですから面白いです。
後日、あらためてレストランの個室で2人きりのプロポーズをやり直してもらった、というオマケつきのエピソードでした。
盛大に祝いたい高野さんと、静かに向き合いたい星野さん。
このすれ違いも含めて、なんだかとても夫婦らしいなと感じます。
星野真里が結婚を決意した理由|結婚報告ブログに込めた本当の言葉
長い交際を経て、2人はついに結婚へと歩みを進めます。
ここでは、星野真里さんが結婚を決意した理由が垣間見える、当時のブログの言葉を紹介します。
「人と分かりあう喜びを教えてくれた」高野貴裕の誠実さ
2011年9月1日、星野真里さんと高野貴裕さんは都内の区役所に婚姻届を提出しました。
星野さんは自身のブログで結婚を報告し、次のような言葉を綴っています。
「自分の気持ちを口にするのが苦手な私の、とても拙い話をしっかり聞いてくれる彼に、人と分かりあう楽しみ、喜び、幸せを教えてもらいました」
「今の明るい、昔と比べると明るい私があるのは彼のおかげです」
出典:ORICON NEWS
飾らない、まっすぐな言葉だと思いませんか。
口下手な自分を、否定せずにちゃんと受け止めてくれる人。
星野真里さんが高野貴裕さんとの結婚を決意した理由は、突き詰めればこのシンプルな一点に尽きるのではないかと、私は思っています。
入籍日は高野貴裕の亡き父の誕生日だった
もうひとつ、入籍日にまつわるエピソードも見逃せません。
2011年9月1日という日付は、実は高野貴裕さんの亡くなったお父様の誕生日で、かつ大安にもあたる日だったそうです。
数ある候補日のなかから、あえて亡き父の誕生日を選ぶというのは、なかなかできることではありません。
家族を大切にする高野さんの人柄が、結婚のスタート地点からすでににじみ出ていたのだろうと感じます。
結婚後の星野真里と高野貴裕|長女誕生と難病との向き合い方
結婚後の2人の歩みも、簡単に振り返っておきます。
家族としての時間のなかで、大きな出来事がいくつもありました。
2015年に誕生した長女・ふうかさんと先天性ミオパチー
2015年7月30日、星野真里さんは都内の病院で第1子となる女の子を出産しました。
生まれた娘さんは「ふうか」ちゃんと呼ばれています。
出産当時、高野貴裕さんは父親になった実感を語り、仕事にもより力を入れていきたいという趣旨のコメントを残していたと伝えられています。
その後、2024年9月15日には、星野真里さん自身が長女のふうかさんについて、国指定の難病「先天性ミオパチー」を患っていることを公表しています。
日常生活では電動車椅子を使っているとのことでした。
決して簡単な公表ではなかったはずです。
それでも家族の姿を包み隠さず伝えてきたところに、星野真里さんという人の芯の強さを感じます。
高野貴裕の現在|TBS退社から東京都議会議員への転身
ここで、夫・高野貴裕さんの”今”についても触れておきたいと思います。
実はここ数年で、大きな転身があったんです。
高野貴裕さんは、2022年にTBSのアナウンス職からTBSホールディングスへ異動。
その後もCSR推進部門などで社会貢献に関わる仕事を続け、社会福祉士の資格も取得していたそうです。
そして2025年1月末、高野さんはTBSを退社。
同年2月には、都民ファーストの会の公認候補として、東京都議会議員選挙(世田谷区選挙区)への出馬を発表しました。
同年6月22日投開票の選挙で、高野貴裕さんは見事に初当選を果たしています。
元アナウンサーが、いきなり政治家に。
正直、記事を書きながら「そうきたか」と声が出てしまいました(笑)
出馬にあたって「自分らしく生きられる共生社会を」という趣旨のコメントを残していたそうですが、これはきっと、難病の娘さんと向き合ってきた日々のなかで見えてきた景色があったからではないか、というのが私の見立てです。
星野真里が挑む24時間テレビ|チャリティーランナーに込めた家族の想い
最後に、直近の話題にも触れておきます。
星野真里さんが、2026年の夏に大きな挑戦をすることになったんです。
2026年6月、星野真里さんが「24時間テレビ49」(8月29日・30日放送)のチャリティーマラソンランナーを務めることが発表されました。
星野さんはランナー就任の背景について、娘のふうかさんと過ごしてきた10年間を振り返りながら「多くの制度に守られて生きてくることができました」と語っています。
そのうえで「全ての子供たちが、自分たちで居場所を選ぶことができるように」という願いを込めて、走ることを決意したそうです。
印象的だったのが、話が来たときのご家族の反応です。
星野さんは「主人と娘が開口一番『やりな!』と言ってもらえた」と、うれしそうに明かしていました。
口下手な自分の話をじっくり聞いてくれた人が、15年経った今度は、家族そろって背中を押してくれる。
馴れ初めから続いてきた「支え合う関係」は、今もちゃんと生きているんだなと、しみじみ感じさせられるエピソードでした。
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まとめ
ここまで、星野真里さんと高野貴裕さんの馴れ初めから結婚までを見てきました。
最後に、内容を整理しておきます。
- 馴れ初めは青山学院大学の先輩後輩関係で、学生時代は顔見知り程度だった
- 高野貴裕さんのTBS入社後、共通の友人を通じて再会したことが交際のきっかけ
- 交際は2009年に本人の口から公表され、9年間の交際期間を経て2011年9月1日に結婚
- プロポーズは貸し切りカフェでのサプライズで、星野真里さん本人は”不満”を明かしたこともある
- 結婚を決意した理由は、口下手な自分を受け止めてくれた高野貴裕さんの誠実さにあった
- 2015年に長女・ふうかさんが誕生し、2024年には先天性ミオパチーの公表もあった
- 高野貴裕さんは2025年にTBSを退社し、同年の都議選(世田谷区)で東京都議会議員に初当選している
- 星野真里さんは2026年、家族の後押しを受けて24時間テレビのチャリティーランナーに挑戦する
こうして振り返ってみると、星野真里さんと高野貴裕さんの関係は、出会ってから20年以上たった今もアップデートされ続けているのだと感じます。
口下手な自分の話をちゃんと聞いてくれた、という出発点。
そこから始まった信頼は、結婚を経て、娘さんの誕生を経て、そして今度は夫婦そろって背中を押し合う関係へと形を変えてきました。
派手な事件も、劇的な急展開もありません。
けれど、この地味なくらいの積み重ねこそが、長く続く夫婦の正体なんじゃないかと、私は思うのです。
星野真里さんが24時間テレビで走る姿、私もしっかり見届けようと思います。


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