沖縄県知事選挙で初当選を果たした、古謝玄太(こじゃげんた)さん。
沖縄県政史上最年少での当選ということもあり、一気に注目度が高まっています。
「父親が医師だったって本当?」
「実家や家族構成も気になる」
そんな声を見かけたので、私なりに調べてみることにしました。
調べていくと、実家は宮古島の老舗そば屋で、学歴は東京大学薬学部というちょっと意外な組み合わせだったんです。
この記事では、古謝玄太さんの父親の職業から実家、家族構成、学歴まで、まとめて紹介していきますね。
古謝玄太のプロフィール|沖縄県知事に初当選
まずは、古謝玄太さんの基本プロフィールから見ていきましょう。
2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選挙で、新人の古謝玄太さんが初当選を果たしました。
現職の玉城デニーさんら5人を破っての勝利で、これがまず大きなニュースになっています。
- 名前:古謝玄太(こじゃ げんた)
- 生年月日:1983年10月23日
- 年齢:42歳(2026年9月14日時点)
- 出身地:沖縄県那覇市首里石嶺町
- 出身高校:昭和薬科大学附属高等学校
- 出身大学:東京大学薬学部
- 肩書き:沖縄県知事(2026年初当選)、前那覇市副市長、沖縄県薬剤師会副会長
- 経歴:総務省、内閣官房、長崎県、復興庁、民間企業を経て那覇市副市長へ
- 座右の銘:志は高く、腰は低く
政治家というと法学部出身のイメージが強いんですが、古謝玄太さんは薬学部出身なんですよね。
しかも大学院まで進んでから、官僚の道に方向転換したという経歴の持ち主。
ここだけでも、ちょっと変わった歩み方をしてきた人だというのが伝わってきます。
古謝玄太の父親は医師だった
さっそく本題です。
古謝玄太さんの父親について調べると、「医師だった」という情報にたどり着きました。
2022年参院選時、父は医師として紹介
2022年の参議院選挙沖縄選挙区に古謝玄太さんが立候補した際、自民党沖縄県連が作成した候補者紹介資料に「父は医師」という記載がありました。
同じ内容は、2022年6月22日付の琉球新報のプロフィール記事にも登場していて、父は医師で実家は宮古島市の老舗そば屋「古謝そば屋」だと紹介されています。
自民党の資料と地元紙、両方に同じ情報が出ているわけですから、当時の情報としてはかなり信頼度が高いと言えそうです。
現在の公式サイトに父親の職業の記載はない
ただ、ここで一つ気になる点がありまして。
2026年現在の古謝玄太さんの公式サイトを確認したところ、父親の職業についての記載は見当たりませんでした。
「父:宮古島出身(本家:古謝そば)」という紹介にとどまっていて、医師という言葉は出てこないんです。
「あれ、書いてない……」と思った方もいるかもしれません。
なぜ、今の公式サイトには職業が書かれていないのでしょうか。
正直なところ、はっきりした理由は分かりません。
ただ、知事という立場になるにあたって、家族のプライバシーへの配慮から、あえて職業欄をシンプルにした可能性があるんじゃないかなと、私は見ています。
なお、父親の名前や勤務先、診療科といった詳しい情報は、2026年9月時点でも公表されていません。
ネット上には同じ「古謝」姓の医師を父親と結びつける憶測も見かけましたが、本人が公表していない私人を根拠なく特定するのは誠実ではないと感じたので、この記事ではそこには触れないことにします。
古謝玄太の母親は広島県出身
父親が宮古島出身なのに対して、母親は広島県出身であることが公式サイトで紹介されています。
沖縄と広島、離れた土地にルーツを持つ両親のもとに生まれたのが、古謝玄太さんということになりますね。
母親についての詳しい経歴は公表されていませんが、こうした多彩なルーツを持つところも、古謝玄太さんという人物の個性の一部になっているのかもしれません。
古謝玄太の実家は宮古島の老舗「古謝そば屋」
続いては、父親の実家である「古謝そば屋」について、もう少し詳しく見ていきます。
戦前から続く宮古そばの人気店
古謝そば屋は、宮古島市平良下里にあるお店で、創業は1932年、昭和7年です。
戦前から続く老舗で、終戦後もすぐに営業を再開したという歴史を持っています。
赤瓦の屋根が目印で、古謝製麺所という製麺所を直営しているのも特徴なんですよ。
看板メニューは「KOJASOBA」という名前の一杯で、ソーキやロース肉、もずくなどが載った贅沢な内容だそうです。
お昼どきには行列ができるほどの人気店で、宮古島を訪れた観光客の口コミでも「宮古そばと言えばここ」と紹介されることが多いお店なんです。
ちなみに、古謝玄太さん本人が生まれ育った実家というわけではなく、あくまで父方の本家という位置づけです。
古謝玄太さん自身は、那覇市首里石嶺町の出身なんですよね。
私自身、宮古島に旅行したときに老舗のそば屋さんに並んだ経験があるんですが、ああいうお店の背景に知事のルーツがあると知ると、なんだか急に親近感が湧いてしまいます(笑)。
古謝玄太の父は宮古島の四兄弟で唯一沖縄本島へ
古謝玄太さん自身のSNS投稿によると、父方の祖父母が古謝そばを経営していて、父はその四兄弟のうち唯一那覇へ出てきた人物なのだそうです。
宮古島でそば屋を継いだきょうだいたちと、島を出て医師の道を選んだ父親。
同じ家に生まれても、選ぶ道はそれぞれ違ったんだなと、なんとなく人間味を感じるエピソードだと思いました。
古謝玄太の学歴|地元の公立校から東大薬学部へ
続いては、学歴について時系列で整理していきます。
小学校は那覇市立石嶺小学校、中学校は那覇市立石嶺中学校と、地元の公立校に通っていたようです。
昭和薬科大学附属高校時代は野球部の一員
高校は、沖縄県浦添市にある昭和薬科大学附属高等学校に進学しています。
県内では進学校として知られている学校です。
2002年3月に卒業した、26期生にあたる代とされています。
高校時代は野球部に所属していて、5番打者・一塁手を務めていたという情報もありました。
勉強のイメージが先行しがちですが、しっかり部活動にも打ち込んでいたんですね。
琉球新報によると、高校生の頃から「将来は沖縄に帰って、沖縄のために働きたい」という思いを周囲に話していたそうです。
古謝玄太は東京大学理科二類から薬学部へ、大学院は中退
高校卒業後の2002年4月、古謝玄太さんは東京大学理科二類に進学しました。
その後は薬学部に進み、2006年3月に卒業しています。
大学時代には、沖縄出身の学生を集めて「東京大学沖縄県人会」を立ち上げ、初代会長を務めました。
学園祭でエイサーを披露するなどして同郷の学生たちと交流したことが、のちに知事を志すきっかけになったと報じられています。
そこで耳にしたのが、沖縄で働くと給与が低く、帰りたくても帰れないという同世代の声でした。
「沖縄に帰りたい人が帰れる環境を作りたい」
出典:毎日新聞(Yahoo!ニュース)
この思いが、進路を大きく動かしていったわけですね。
卒業後は東京大学大学院薬学系研究科に進みますが、国家公務員試験に合格したことをきっかけに大学院を中退し、2008年に総務省へ入省しています。
薬学の専門家になる道もあったなかで、行政の世界を選んだというのは、なかなか思い切った決断だったんじゃないかなと思います。
古謝玄太の家族構成|妻・亜希子と5人の子供
最後に、家族構成についても紹介しておきます。
古謝玄太と妻・亜希子は大学時代から約20年の関係
妻の名前は古謝亜希子さんで、鳥取県の出身です。
古謝玄太さんと同じ1983年生まれで、誕生日は7月とのこと。
古謝玄太さん自身、SNSで「同い年だけれど3か月ほど姉さん」という趣旨の紹介をしていました。
2人の関係は大学時代にまでさかのぼり、約20年にわたって連れ添ってきた夫婦なんですよね。
古謝玄太さんが23歳のときに妻の妊娠が分かり、結婚式を挙げて長女が誕生、その3か月後に総務省へ入省したという流れだったと伝えられています。
結婚記念日は9月16日で、毎年SNSで感謝を伝えているそうです。
学生のうちに家庭を持つという決断、正直かなり早いなと思ったんですが、そこから20年以上二人三脚でやってきたと考えると、なんだか説得力があるんですよね、これが。
2023年に第5子が誕生し七人家族に
2022年の参院選当時は、娘3人・息子1人の4人の子供がいる状態でした。
これは当時の琉球新報のプロフィール記事でも「6人家族」として紹介されています。
そして2023年7月17日、第5子となる女の子が誕生しました。
本人のSNS投稿によると、予定日より早い妊娠36週での出産で、出生時の体重は2850グラムだったとのこと。
現在は四女一男の5人の子供と夫婦を合わせて、7人家族。
官僚時代は異動が多く、子供たちは岡山・埼玉・長崎・神奈川・沖縄と、各地で育ってきたといいます。
長女は「転勤族の我が家の宿命」という古謝玄太さんの言葉どおり、小学校は長崎、中学校は神奈川、高校からは沖縄と、環境が何度も変わったそうです。
本人のSNS投稿によると、結婚後の引っ越し回数は、なんと8回。
声を大にして言いたいところですが、ここも文字の世界でした。
太字で我慢しておきます。
それくらい、環境の変化に付き合ってきた妻の亜希子さんの苦労は、並大抵ではなかったはずです。
2023年には、那覇市副市長として初めて産後パパ育休を取得したことも話題になりました。
転勤続きの生活を身をもって経験してきたからこそ、子育て支援の政策にもリアリティが宿っているのではないか、と私は感じています。
古謝玄太、沖縄県知事に初当選|県政史上最年少
ここまで家族や学歴を見てきましたが、忘れてはいけないのが今回の知事選という「今」の話です。
2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選挙で、古謝玄太さんは現職の玉城デニーさんを含む5人を破り、初当選を果たしました。
得票数は42万3124票。
これは、沖縄県知事選挙としては過去最多の得票なんです。
これまでの最多は2018年の玉城デニーさんの39万6632票でしたから、その記録を塗り替えたことになります。
一方の玉城デニーさんは27万6060票で、14万票以上の差がつきました。
投票率は61.57パーセントで、前回2022年の57.92パーセントを3.65ポイント上回っています。
42歳は沖縄県政史上最年少で、1972年の本土復帰後に生まれた世代としては初めての知事誕生になります。
任期は9月30日から4年間です。
学生結婚から20年、官僚・地方行政・民間企業とさまざまな現場を渡り歩いてきた経験が、今回の支持につながったのではないかというのが、調べてみての私の印象です。
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まとめ
最後に、この記事で分かったことを整理しておきますね。
- 古謝玄太さんの父親は、2022年の自民党資料や琉球新報で「医師」として紹介されていた
- 2026年現在の公式サイトには、父親の職業についての記載はない
- 父方の本家は、宮古島で1932年から続く老舗そば屋「古謝そば屋」
- 母親は広島県出身で、両親は沖縄と本土それぞれにルーツを持つ
- 学歴は地元の公立校から昭和薬科大学附属高校、東京大学薬学部へと進み、大学院は中退している
- 妻の亜希子さんとは大学時代からの約20年来の関係で、四女一男の5人の子供を育てる7人家族
- 2026年9月13日の沖縄県知事選挙で過去最多の42万3124票を獲得し、県政史上最年少の知事が誕生した
こうして調べてみると、古謝玄太さんという人は、宮古島のそば屋のルーツを持ちながら東京大学薬学部に進み、官僚から知事へとキャリアを積んできた、なかなか一筋縄ではいかない経歴の持ち主だと感じました。
父親の職業ひとつとっても、公表される情報が時期によって変わっていくというのは興味深いところで、これから知事として活動していくなかでも、家族にまつわる新しい情報が出てくるかもしれません。
続報があれば、またこの記事に追記していきたいと思います。


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