「歌心りえ」さんという名前、最近あちこちで見かけませんか。
韓国の音楽番組で日本語の歌をまっすぐ歌い上げて、現地の視聴者を泣かせているという、あの50代の歌手さんです。
正体は栃木県出身の実力派シンガーで、旦那さんや子供さんとの暮らしぶり、そして気になる国籍のことまで、調べれば調べるほど胸が熱くなるエピソードが出てきました。
この記事では、歌心りえさんの旦那や子供、国籍の謎、韓国との関係までまるっとまとめていきます。
歌心りえのプロフィール|本名や出身地、年齢まとめ
まずは歌心りえさんの基本プロフィールから整理していきますね。
知れば知るほど「え、そうだったの」と思うポイントが多い方なんですよ。
- 名前:歌心りえ(うたごころ りえ)
- 本名:八塚りえ(やつか りえ)
- 生年月日:1973年6月30日
- 年齢:53歳(2026年9月18日時点)
- 出身地:栃木県西那須野町(現・那須塩原市)
- 所属:ビクターエンタテインメントほか
本名「八塚りえ」に込められた思いとは
芸名の「歌心りえ」、実はデビュー当初からの名前ではないんです。
1995年のデビュー当時は本名の八塚りえとして活動していて、その後「Rie」という名義を経て、「歌は心」「心を伝える歌」というモットーを込めて「歌心りえ」に改名したのだそうです。
一度聞いたら忘れない、いい名前だなと個人的に思います。
名は体を表すって、こういうことを言うんでしょうね。
歌心りえは何者?50代でブレイクするまでの経歴
「そもそも歌心りえさんって何者なの?」と思った方も多いはずです。
実はデビューから約30年、地道に歌い続けてきた苦労人なんですよ。
1995年、実姉と共に音楽ユニット「Letit go」の八塚りえとしてワーナーミュージック・ジャパンからデビューしました。
2ndシングル「200倍の夢」がポカリスエットのCMソングに起用され、一気に注目を集めます。
その後Letit goを脱退し、実姉とのユニット「Ciao」を経て、2004年にはピアノとチェロとボーカルによるユニット「September」を結成。
「冬のソナタ」や「私の頭の中の消しゴム」など、韓国ドラマ・映画の主題歌の日本語カバーも手がけていたというから驚きです。
このころから、実はすでに韓国と縁があったんですよね。
華やかな仕事に恵まれても、なかなか大きなブレイクにはつながらなかったようで。
これは相当な苦労人やと思います。
転機が訪れたのは2023年、50歳でオーディション番組「トロット・ガールズ・ジャパン」に挑戦したことでした。
2024年2月の決勝では、最終3人にまで残る快挙を果たします。
そして同年4〜5月、韓国のケーブルテレビ局MBNで放送された「日韓歌王戦」に出演。
日本語のまま堂々と歌う姿が現地で大きな話題を呼び、「雪の華」のカバー動画はYouTubeで1000万回を超える再生数を記録しています。
苦節30年、という言葉がこれほど似合う人もなかなかいないんじゃないでしょうか。
2025年4月、ビクターとエイベックスという2つのレコード会社から同時にカバーアルバムをリリースし、51歳でついにソロメジャーデビューを果たします。
レコード会社2社からの同時リリースというのは異例中の異例なんですよ。
この2作は同年12月、日本レコード大賞の企画賞も受賞しました。
2026年4月には第2弾となるカバーアルバム『UTA』『KOKORO』を、やはり2社同時でリリース。
さらに「いい夫婦の日」をすすめる会のオフィシャルサポーターにも就任し、応援ソング「しあわせのまわり道」はTBS系「ひるおび」の7月エンディングテーマにも起用されています。
勢い、まったく止まっていません。
正直なところ、「50代でブレイク」という言葉だけ見ると一発逆転のシンデレラストーリーのように聞こえます。
でも経歴を追っていくと、ブレイクというより「積み重ねてきたものが、ようやく正しく評価された」という表現の方が、私にはしっくりくる気がするんですよね。
歌心りえの国籍は?韓国人と誤解される理由
韓国であれだけ話題になると、「もしかして韓国の方なのでは」と思う人が出てくるのも無理はありません。
でも、調べてみるとこれはハッキリしていました。
歌心りえさんの国籍は日本です。
出身地は栃木県西那須野町(現・那須塩原市)で、いわゆるハーフといった情報も見当たりませんでした。
韓国の番組でも、あくまで「日本代表」の1人として出演しているんですよね。
では、なぜここまで「韓国人では」という声が出るのでしょうか。
理由は単純で、それだけ韓国での活動が目立っているからだと思います。
日本語の楽曲を、翻訳もせずそのまま日本語で歌う。
それが逆に新鮮に映って、現地のファンを増やしているという流れなんですよね。
ちなみに本人いわく、韓国語はまだ勉強中とのこと。
これから新しいアルバムやコンサートで韓国活動の幅がさらに広がっていけば、「韓国人なのでは」という誤解は、正直これからも繰り返されるんじゃないかなと私は見ています。
それくらい、日韓をまたいで活躍している方だということですね。
歌心りえの旦那はどんな人?馴れ初めと支えのひと言
続いて気になる旦那さんについて。
「音楽仲間だった」というキーワードだけでも、ちょっとグッとくるものがありませんか。
歌心りえさんが結婚したのは2008年、当時「かつての音楽仲間」だった男性とご結婚されています。
夫婦そろって音楽と深く関わってきた家庭だということですね。
なお、旦那さんの名前についてはネット上で取り沙汰されているものの、大手メディアでの実名報道は見当たりませんでした。
一般の方なので、あえて詳しく公にしていないのかもしれません。
なのでこの記事でも実名は断定せず、あくまで「旦那さん」として紹介していきますね。
旦那が営む下北沢のライブレストラン「空飛ぶこぶたや」
旦那さんは、東京・下北沢で音楽と食事を楽しめるライブレストラン「空飛ぶこぶたや」を経営されています。
歌心りえさん自身も、年に3〜4回このお店のステージに立ってきたそうです。
ブレイク前は、歌いながらお店を手伝う日々だったといいます。
まさに、夫婦二人三脚のお店なんですね。
ちなみに2024年9月にこのお店で予定されていたライブは、1日2回・各回40名限定というごく小さな規模。
それが即日完売したという話もあって、韓国での反響が日本にも波及していく様子が伝わってきます。
声を失った歌心りえを救った家族の言葉
ここでちょっと、私が調べていて一番心を動かされたエピソードを紹介させてください。
歌心りえさんは声帯を2回壊した経験があり、2回目がとくにひどかったそうです。
喉から出血するほどで、一時は筆談でしかやり取りできない状態だったといいます。
しかも怖いのは体だけじゃなくて、「また声が出なくなったらどうしよう」という不安でメンタルまで削られていったこと。
2年ほど歌えない時期が続き、「引退」の2文字が頭をよぎったと本人が明かしています。
そんなどん底の状態を救ったのが、娘さんと旦那さんの言葉でした。
当時10歳だった娘さんは「お母さんの歌が大好きなの。その歌をまたみんなに届けて」と伝えたそうです。
そして旦那さんからかけられたのが、「君には歌があるでしょ」というひと言。
別のインタビューでは「あなたには歌しかないでしょ」という言い回しで語られていて、媒体によって表現に少し幅があります。
ただ、どちらにしても言っていることは同じなんですよね。
……これ、家族に泣かされるやつです。
飾らないひと言だからこそ、刺さるんですよね。
声を大にして言いたいです、旦那さん、いい仕事しました。
……声じゃなくて、文字ですけど。
そこから声を取り戻し、韓国での大ブレイクにつながっていったと思うと、旦那さんと娘さんの存在は決して脇役じゃないなと感じます。
歌心りえの子供(娘)は?名前や年齢、将来の夢
続いて、子供さんについても見ていきましょう。
歌心りえさんには、娘さんが1人いらっしゃいます。
娘さんが生まれたのは2014年、歌心りえさんが41歳のときです。
出産後は約2年間、歌手としての活動をお休みしていたそうですが、「お店で娘を抱っこしながら歌っていた」と振り返っていて、歌をやめようと思ったことは一度もなかったと語っています。
娘さんは2026年8月時点で小学6年生。
名前については、ネット上でいくつかの呼び名が出回っていますが、公に発表されたものは見当たりませんでした。
一般の方ですし、ここは伏せておくのが筋かなと思います。
将来はお母さんのような歌手を目指しているそうで、「ママみたいな歌手になりたい」と言ってくれるのが嬉しいと、歌心りえさん本人が語っていました。
そして胸が熱くなるのが、2026年6月30日のバースデーライブでの出来事です。
娘さんがサプライズで歌ったのは「5歳のツイート」という曲。
歌心りえさんが、5歳だった娘さんとの思い出をもとに作ったオリジナル曲なんですよ。
しかも娘さんは、人前で何か言われるのがすごく苦手なタイプなのだそう。
その子が、ステージでお母さんの曲を歌った。
本人いわく「号泣でしたね」とのことですが、それはもう泣きますよね。
私まで画面の前で目頭が熱くなりました……いや、記事を書いていただけなんですけど。
親の背中を見て育つとはよく言ったもので、いつか親子で正式にステージに立つ日が来ても不思議じゃないなと、勝手ながら期待してしまいます。
歌心りえと韓国との関係|家族ぐるみの音楽ルーツ
最後に、歌心りえさんと韓国との関係についてもう少し掘り下げてみます。
実は本人だけでなく、家族ぐるみで韓国とつながりがあるんですよ。
歌心りえさんにはお姉さんがいて、デビュー当時の「Letit go」から「Ciao」まで、ユニットを組んで音楽活動を共にしてきた仲です。
韓国の音楽番組「日韓トップテンショー」では、このお姉さんと20年以上ぶりにデュエットするステージが実現しました。
さらにその翌週の放送では、甥っ子さんとのデュエットも披露されています。
血縁全体で音楽をやってきた一家なんだなと、調べていて素直に感心しました。
日本語の楽曲をそのまま日本語で届けるスタイルも、韓国ドラマの主題歌カバーを手がけてきたキャリアの延長線上にあると考えると、納得感がありますよね。
こうした家族ぐるみの音楽の絆が、画面越しでも滲み出ていたことが、韓国の視聴者の心をつかんだ理由のひとつだったんじゃないかと、私は思っています。
まとめ
最後に、この記事でわかったことを整理しておきます。
- 歌心りえさんの本名は八塚りえ、栃木県那須塩原市出身の日本人歌手
- 国籍は日本で、韓国人という情報はなく誤解にすぎない
- 2008年に当時の音楽仲間だった男性と結婚
- 旦那さんは下北沢のライブレストラン「空飛ぶこぶたや」を経営
- 娘さんは2014年生まれの小学6年生で、将来は歌手を目指している
- 声を失いかけた時期を、旦那さんと娘さんの言葉が支えた
- 姉や甥との共演エピソードなど、家族ぐるみで韓国ともつながりがある
こうして振り返ってみると、歌心りえさんの「50代からのブレイク」は、決して運だけの話じゃないなとつくづく思います。
声を失いかけても、支えてくれる家族がいて、歌うことをやめなかった。
その積み重ねの先に、韓国での大ブレイクがあったんですよね。
派手なサクセスストーリーというより、地に足のついた人生の物語という印象の方が、私にはしっくりきます。
ちなみに歌心りえさんが今掲げている目標は、両親やファンへの恩返しとしての紅白出場と、スポーツの大舞台での国歌斉唱なのだそうです。
50代でここまで来た人が、まだ「見たい景色がある」と言う。
その言葉のほうが、どんなヒット曲よりも効く気がしました。
これからのアルバムやライブで、歌心りえさんの歌声がどんな景色を見せてくれるのか、楽しみにしていたいと思います。

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