神戸電鉄親善大使として活動していたモデルの古浜のぞみさんが亡くなったと、2026年11月5日に伝えられました。
あまりに突然の知らせに、「死因は何だったの?」「病気だったの?」と気になって検索した方も多いと思います。
私もニュースを見た瞬間、スマホを持つ手が止まりました。
この記事では、死因について公表されていること・されていないことを整理したうえで、神戸電鉄親善大使としての活動や、友人たちが語った人柄を振り返っていきます。
古浜のぞみさんが死去 神戸電鉄親善大使の公式アカウントが伝えた訃報
まずは、訃報がどのように伝えられたのかを確認しておきますね。
発表の場は、神戸電鉄親善大使の公式Instagramでした。
日刊スポーツの報道によると、11月5日に神戸電鉄親善大使の公式アカウントが、古浜のぞみさんの逝去をInstagramで公表したとのことです。
発表文では、突然の訃報に関係者一同が深い悲しみの中にいることが伝えられています。
そのうえで、沿線の魅力を発信し、持ち前の明るさと笑顔で多くの人に元気を届けてくれたと、のぞみさんの活動を振り返っていました。
最後は、これまでの活動への感謝と、応援してきた人たちへのお礼で結ばれていたそうです。
読んでいて感じたのは、言葉の一つひとつがとても丁寧だということ。
事務的なお知らせではなく、一緒に沿線を盛り上げてきた仲間を送り出す文章なんですよね。
古浜のぞみさんの死因は公表されている?
いちばん気になっている方が多いのが、この部分だと思います。
ここでは、確認できる事実だけを整理していきます。
死因は、公表されていません。
公式アカウントの発表にも、友人の橋本菜津美さんや中将タカノリさんの投稿にも、死因に関する記述は見当たりませんでした。
年齢や亡くなった日付も明かされていない
明かされていないのは、死因だけではないんです。
年齢や、いつ亡くなったのかという日付も、どの発表にも書かれていません。
つまり今わかっているのは、「11月5日に訃報が公表された」という一点だけ。
ご家族や関係者の意向で、あえて詳しいことを伏せている可能性もありそうです。
古浜のぞみさんが病気だったという情報はあるのか
「病気だったのでは?」と考える方もいるかもしれません。
ただ、闘病していたことを公表していたという報道は、私が調べた範囲では見つかりませんでした。
むしろ印象に残ったのは、2026年9月10日に公開された、神戸電鉄親善大使の公式アカウントとのぞみさんの共同投稿です。
10月4日に開かれる神鉄トレインフェスティバルの告知動画で、駅のホームに立つのぞみさんが、白いニット姿で笑顔を見せていました。
投稿文は「のぞみーるでした」という、おなじみの愛称で締めくくられています。
コメント欄にも「かわいい」「いつも楽しく見ています」といった声が寄せられていました。
訃報が伝えられたのは、それからわずか2か月ほど後のことです。
とはいえ、この動画から何かを推し量れるわけではありません。
死因が明かされていないこと自体が、ご家族や近しい人たちの意思なのではないかと私は思っています。
だから私は、ここに踏み込まず、知らないままでいることを選びたいんです。
死因を詮索しないでほしい 橋本菜津美の投稿に込められた願い
死因について触れない理由は、もう一つあります。
のぞみさんの親友が、はっきりとお願いの言葉を残しているからです。
鉄道系音楽グループ「半熟BLOOD」のボーカルで、自身も神戸電鉄親善大使を務める橋本菜津美さんは、11月5日にXで訃報を報告しました。
投稿の中で橋本さんは、のぞみさんのことを「友人として大好きな」存在だと書いています。
あまりにも突然で、まだ受け入れられない気持ちだと、素直な思いを綴っていました。
そして、経緯や原因については話せないこと、この件への質問はそっとしておいてほしいことを、丁寧にお願いしていたんです。
気持ちの整理がつかない中で、この一文を書くのはどれほどしんどかったか。
そう考えると、読む側にできるいちばんのことは「聞かない」ことなんだと思います。
ただ、この投稿は悲しいだけでは終わりません。
後半では、天国で素敵な居酒屋さんを探しておいてね、という約束が書かれていました。
さらに、それまでに面白いネタをたくさん蓄えて「腹がちぎれるくらい」笑わせる、と宣言していたんです。
関西の人らしいと言えばそれまでですが、私はここに二人の関係がそのまま表れていると感じました。
湿っぽいお別れをのぞみさんが望まないことを、橋本さんは誰よりもわかっていたのではないでしょうか。
涙の報告の最後に、笑いの約束が置かれていました。
……この締めくくり、胸がぎゅっとなりませんか?
私は、これ以上ないくらい二人らしいお別れの言葉だと思っています。
古浜のぞみさんのプロフィール 地元モデルから神戸電鉄の顔へ
ここからは、のぞみさんがどんな方だったのかを振り返っていきます。
公表されている情報は多くありませんが、わかる範囲でまとめました。
- 名前:古浜のぞみ
- 愛称:のぞみーる
- 年齢:非公表(2026年11月5日時点)
- 出身地:非公表
- 職業:モデル
- 主な活動:神戸電鉄親善大使
モデルとしての顔を伝える手がかりの一つが、神戸のフリーペーパー「神戸美少女図鑑(関西美少女図鑑)」の公式サイトです。
モデル一覧には、「神戸電鉄親善大使」の肩書きとともに、のぞみさんが掲載されています。
音楽事務所を営む中将タカノリさんも、モデルとしていろいろな仕事をお願いしていたと明かしていました。
実は神戸電鉄親善大使という取り組み自体が、この美少女図鑑のモデルたちから生まれたものなんです。
地元のフリーペーパーで誌面に立ち、地元の電車の顔として沿線を盛り上げる。
この“ご当地”な歩みそのものが、のぞみさんらしさだったのではないかと私は見ています。
「のぞみーる」の愛称で親しまれた古浜のぞみさん
SNSやイベントでは、「のぞみーる」という愛称でも親しまれていました。
先ほどの公式アカウントとの共同投稿でも、自ら「のぞみーるでした」と名乗って締めくくっています。
2024年の神鉄トレインフェスティバルを紹介した記事でも、橋本菜津美さんと並ぶ「のぞみーる」さんとして写真付きで紹介されていたようです。
「のぞみ」に「ーる」をつけるだけで、ぐっと親しみやすくなるのが不思議なんですよね。
イベントで子どもたちに呼ばれたら、すぐに振り向いてくれそうな響きです。
神戸電鉄親善大使としての古浜のぞみさんの活動
のぞみさんを語るうえで欠かせないのが、神戸電鉄親善大使としての活動です。
そもそもどんな役割なのか、という基本から見ていきましょう。
そもそも神戸電鉄親善大使はどんな役割?
神戸電鉄親善大使は、2015年9月にスタートした取り組みです。
神戸電鉄と、『関西美少女図鑑』の発行元で沿線に美容室を構えるセブンスターフェスティバル(神戸市北区)が手を組み、同誌のモデルが親善大使に就任しました。
最初に親善大使としてデビューしたのは、8人のモデルでした。
当時は、高校生や大学生など若い世代が中心だったそうです。
運営する美容室グループのサイトでは、主な活動として次のようなものが紹介されています。
- SNSでの沿線情報の発信
- 沿線情報誌「SUZURAN」への登場
- 神鉄トレインフェスティバルなどのイベント出演
- ファッションイベント「北神戸コレクション」への出演
2025年12月13日のクリスマス列車イベント「電車に乗ってハッピークリスマス」でも、親善大使が司会などを務めると発表されていました。
さらに、神戸電鉄公認のYouTube「しんてつ+わんチャンネル」では、親善大使が沿線スポットやイベントをレポートしています。
ひと言でいえば、「地元の電車をもっと好きになってもらうための、身近なお姉さんたち」なんですよね。
神鉄トレインフェスティバルで見せた笑顔
親善大使の活動の中でも、特に大きな舞台が「神鉄トレインフェスティバル」です。
鈴蘭台車庫などを会場に、ミニトレインへの乗車や車両撮影会が楽しめる、電車好きの子どもたちにはたまらないイベントなんですよ。
2024年10月6日の開催時には、橋本菜津美さんと一緒に会場にいる様子が紹介されていたようです。
2025年10月12日は鈴蘭台車庫と谷上駅の2会場で開かれ、のぞみさんは橋本さんと一緒に谷上駅の会場を担当していたとのことです。
そして2026年10月4日の開催に向けても、9月の告知投稿で「会場でお待ちしています」と呼びかけていました。
子鉄くんを連れて会場に足を運んだご家庭なら、どこかでのぞみさんの笑顔を見かけていたかもしれません。
電車好きの子どもたちの中には、「電車のイベントにいた優しいお姉さん」として、のぞみさんを覚えている子がきっといるはずです。
親善大使という仕事のいちばんの価値は、そういう小さな思い出を沿線に残していくことだったのではないかと思います。
中将タカノリと橋本菜津美が明かした古浜のぞみさんの人柄
最後に、のぞみさんを近くで見てきた二人の言葉から、その人柄をたどってみます。
短い言葉の中に、素顔がちゃんと見えてくるんですよ。
シンガーソングライターで音楽評論家の中将タカノリさんは、11月5日にXで追悼の言葉を投稿しました。
中将さんは、ラジオ関西の番組で橋本菜津美さんと共演している方です。
投稿では、のぞみさんを「エキセントリックだけどサービス精神豊富」と表現し、よく慕ってくれたと振り返っていました。
エキセントリックと、サービス精神。
一見ちぐはぐな組み合わせに思えますよね。
でも、場を盛り上げるのが上手な人って、たいていこの両方を持っているものなんです。
ちょっと予想外の言動で周りを驚かせつつ、最後はちゃんと相手を楽しませる。
イベントで子どもたちを笑顔にしてきたのぞみさんも、きっとそういう人だったのではないかと私は想像しています。
中将さんの投稿は、のぞみさんへの「ありがとう」で結ばれていました。
橋本さんの投稿からも、二人で一緒に笑った日々がたくさんあったことが伝わってきます。
ここは、私の本音を少しだけ書かせてください。
橋本さんは悲しみの中でも、仕事はこれまで通り続けると書いていました。
笑う日も泣く日も、ちゃんと見守ります。
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まとめ
古浜のぞみさんの訃報について、わかっていることを整理してきました。
最後に、ポイントを振り返っておきます。
- 2026年11月5日、神戸電鉄親善大使の公式アカウントが訃報を公表
- 死因、年齢、亡くなった日付はいずれも公表されていない
- 闘病を公表していたという報道は見当たらない
- 親友の橋本菜津美さんは、経緯や原因を詮索しないよう呼びかけている
- 神戸美少女図鑑のモデルとして活動し、神戸電鉄親善大使として沿線をPR
- 神鉄トレインフェスティバルなどで「のぞみーる」の愛称で親しまれた
- 中将タカノリさんは「エキセントリックだけどサービス精神豊富」と人柄を表現
調べ始めたときは、私も「どうして?」という気持ちでいっぱいでした。
でも、のぞみさんの足跡をたどるうちに、知りたいのは死因ではなく、この人がどんなふうに笑っていたかなんだと気づいたんです。
告知動画の中で、駅のホームから笑いかけていた姿。
親友と交わした、天国の居酒屋の約束。
次に神戸電鉄に乗る機会があったら、沿線の景色を少しだけ丁寧に眺めてみようと思います。
古浜のぞみさんのご冥福を、心よりお祈りいたします。


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