「飯田圭織のバスツアー」という言葉、ネットで一度は見かけたことがありませんか?
2007年の七夕に行われた、ファンクラブ限定の日帰りバス旅行のことなんです。
それがなぜか「事件」「伝説」「地獄」とまで呼ばれ、19年たった今も語り継がれているんですよ。
いったい当日何があったのか、そしてなぜここまで語り継がれるのか。
噂と真相を仕分けしながら、時系列でじっくりまとめていきます。
読み終わる頃には、たぶんあなたも烏龍茶が飲みたくなっているはずです。
飯田圭織のバスツアー事件とは?2007年七夕のファンクラブイベント
まずは「そもそも何のイベントだったのか」から押さえておきましょう。
ここを知っておくと、このあとの地獄っぷりが3割増しで沁みてきます。
発端は、2007年7月7日(土)に開催された「飯田圭織・前田有紀の“大人の七夕祭り”日帰りバス旅行」です。
元モーニング娘。のリーダー、飯田圭織さんと七夕を過ごせるファンクラブ会員限定のイベントでした。
旅行代金は税込19,000円。
告知では東京駅を朝10時に出発し、夜20時ごろに戻る行程で、行き先は「シークレット」とされていたそうです。
内容は記念撮影会、バーベキュー、七夕祭り、ミニステージなど。
募集人数は300名だったとされています。
実は前年の2006年7月にも、ほぼ同じ内容の「大人の納涼祭」という日帰りバス旅行が開かれていて、宣伝では今回が「第2弾」とうたわれていたようです。
バスツアー前日に飛び込んできた結婚・妊娠発表
空気が一変したのは、ツアー前日の2007年7月6日でした。
飯田圭織さんの結婚と妊娠が発表されたんです。
お相手は、ロックバンド7HOUSEの元ボーカル・ケンジさん。
ここで押さえておきたいのが、ツアーの申込締切が6月11日だったこと。
つまり参加者のほとんどは、結婚を知らないまま参加費を払っていたわけです。
明日は推しと七夕……と浮かれていた前夜に、まさかのおめでた報告。
それでも当日のキャンセルは思ったより少なかったようで、ツアーは予定どおり決行されました。
ファンの律儀さ、ここでもう泣けます。
ちなみに飯田圭織さんは後日、7月28日のイベントで「入籍日は7月7日だった」と明かしたとされています。
ファンとバスに揺られていたその日が、まさに入籍日。
七夕に結ばれたのは、推しと旦那さんだったわけです。
彦星になれなかった男性ファンの皆さん、本当にお疲れさまでした。
とはいえ、前日の発表はツアーにぶつけようとしたものではなく、妊娠と入籍の時期がたまたま重なってしまった不運だったのではないか、と私は見ています。
飯田圭織と一緒にいた前田有紀はハロプロの演歌歌手
ツアーのもう1人の主役・前田有紀さんは、ハロー!プロジェクトに所属していた演歌歌手です。
2000年にシングル「鳴きうさぎ」でデビューし、2011年ごろまで歌手として活動していました。
同じお名前の元アナウンサーの方がいらっしゃるので混同されやすいのですが、こちらは別の方なんですよ。
最初「アナウンサーさんと一緒にバス旅行?」と首をかしげた私、ちょっと恥ずかしいです。
飯田圭織バスツアー当日の内容を時系列で追う
それでは、伝説の1日を朝から順番にたどっていきます。
先にお伝えしておくと、どの場面も「ちょっとずつ切ない」んです。
行き先は出発後に明かされた千葉の清水公園
バスが走り出してから明かされた行き先は、千葉県野田市の清水公園でした。
そして車内では、添乗員さんから改めて飯田圭織さんの結婚が報告されたそうです。
ちなみに清水公園は、1894年(明治27年)に、のちのキッコーマン創業にかかわる茂木家の先人が基をつくった公園なんです。
今もキッコーマンが運営に協力していて、この縁がのちの「あの烏龍茶」につながっていきます。
19,000円のバスツアーで出たバーベキューとキッコーマン烏龍茶
お昼は、お待ちかねのバーベキュー。
ところが、伝えられている内容がなかなかの衝撃なんです。
- 肉は1人1枚
- ソーセージは1人1本
- 飲み物は8人テーブルに1.5Lの烏龍茶が1本
- デザートはバナナの切り落とし
- ビールは別料金
8人で1.5Lということは、1人あたり紙コップ1杯ちょっと。
7月の千葉で、です。
我が家で焼き肉をして肉が1人1枚だったら、たぶん子どもたちが暴動を起こします。
そしてこの烏龍茶がキッコーマン製だったことから、「キッコーマンの烏龍茶」が妙に有名になってしまいました。
一時は、キッコーマンと打つと予測変換に「烏龍茶」が出るほどだったと言われています。
醤油のメーカーが、まさか烏龍茶でアイドル史に名を刻むとは。
「人生の迷路」と呼ばれた巨大迷路
お腹が満たされたかどうかはさておき、午後は巨大迷路へ向かいます。
使われたのは清水公園の「アクアベンチャー」という施設で、1987年に開設された立体迷路と、1990年にできた噴水迷路を組み合わせたものでした。
この日は7月の蒸し暑さに前日のショックも重なって、迷路の中で体調を崩した人もいたと伝えられています。
心にも体にも、出口が見えない。
のちにファンの間で「人生の迷路」とたとえられるようになったのも、なんだか分かる気がします。
浴衣姿の飯田圭織が歌ったミニライブと七夕の短冊
夕方は、いよいよミニステージです。
飯田圭織さんと前田有紀さんは浴衣姿で登場し、あっち向いてホイやポラロイド撮影などのミニゲームも行われました。
ステージは紅白幕を背景にした、素朴なものだったと言われています。
当日参加した人のブログによると、会場は空調がなく蒸し暑かったそうで、浴衣姿の2人がファンに水を配る場面もあったようです。
ファンクラブ会員向けDVDの記録によると、ミニライブでは2人で「涙の太陽」を歌い、前田さんが「さらさらの川」「東京きりぎりす」、飯田さんが「Bloom」「泣かずにいられない私です」を披露したとされています。
……「泣かずにいられない私です」。
選曲、攻めすぎでは。
最後は全員で七夕の定番曲「たなばたさま」を合唱し、七夕の短冊も飾られたそうです。
帰りのバスは、見送る2人の周りをぐるりと回ってから東京へ向かったと伝えられています。
バスツアーが地獄と言われた噂を真相とあわせて検証
ここまで読んで「たしかに切ないけど、地獄は言いすぎでは?」と感じた方もいるかもしれません。
実はこのツアー、話が広まるうちにかなり盛られているんです。
よく語られる噂を、私なりに仕分けしてみました。
| 噂 | 判定 | 理由 |
|---|---|---|
| 前日に結婚・妊娠を発表 | ほぼ事実 | 当時の報道で確認できる |
| 肉1枚・ソーセージ1本 | 盛られた可能性あり | 参加者のブログには野菜や焼きおにぎりの記述もある |
| 迷路に置き去りで自力帰京 | デマ寄り | 遅れた人はいたとされるが、置き去りの証拠はない |
| 飯田圭織は謝罪しなかった | 事実と違う可能性あり | お詫びの言葉がDVDに残っているとされる |
バスツアーの食事は本当に貧相だったのか
「肉1枚・ソーセージ1本」は有名な話ですが、当日参加した人が直後に書いたブログを読むと、野菜から焼き始めて肉も焼き、焼きおにぎりまで完食したと書かれています。
悲惨さを強調するような書き方は、特にされていないんですよ。
量の話は、ネットで広まるうちに独り歩きした面があるのかもしれません。
私の見立てでは、食事そのものは「ちょっと物足りない」くらいだったのではないかと思います。
ただ、前日のショックで心がぽっかり空いた状態だと、ソーセージ1本がとてつもなく小さく見えた。
気持ちの問題で、ソーセージは縮むんです。
迷路に置き去りにされたファンは本当にいたのか
「迷路に取り残されたまま、自力で東京に帰った人がいる」。
これは有名な噂ですが、証拠も証人も見当たりません。
当時の報道では、迷路に人が詰まって大行列になり、約半数がまだ中にいるうちに出口で次の企画が始まった、という情報も紹介されていました。
つまり「遅れて出てきた人はいた」可能性は高いと思います。
でも「置き去りにされて帰れなかった」は、ネットで尾ひれがついた話だと私は見ています。
2020年に迷路の閉場を伝えたニュースでも、「今も迷路をさまよっている」という話はネタとして扱われていました。
飯田圭織から結婚についての謝罪はあったのか
「謝罪はなかった」とよく言われますが、ここは少し慎重に見たいところです。
ファンクラブ会員向けのDVDには、飯田圭織さんが自分の口で結婚を報告し、「突然驚かせてしまって申し訳ない」という趣旨の言葉を伝える場面が収められているとされています。
当日参加した人のブログにも、本人の報告にファン全員が祝福の拍手を送り、飯田さんが涙を流したと書かれていました。
怒号ではなく、拍手と「おめでとう」だったんです。
……ここ、ちょっと泣けませんか?
私は、この場面こそがバスツアーのいちばんの真相だと思っています。
飯田圭織のバスツアーが今も伝説として語り継がれるのはなぜ?
2007年の出来事が、なぜ2026年になっても語られ続けるのか。
私なりに、理由を整理してみました。
- 七夕という、できすぎた舞台
- 「1枚・1本・1.5L」という覚えやすい数字
- 映像はファンクラブ会員向けDVDに残る程度で、一般の人が確かめにくく噂が膨らみやすかった
- 参加したファン自身が、自虐まじりにネタにした
- 高額なファンツアーが出るたびに「比べる物差し」になった
当時の匿名掲示板には、帰りの電車で涙が止まらなかったという書き込みも残っていて、真偽は分からないものの短編小説のように読み継がれています。
2010年からは、週刊少年チャンピオンで連載された漫画『キガタガキタ!〜「恐怖新聞」より〜』(原作・つのだじろうさん、作画・西条真二さん)の第11・12話で、このツアーをモチーフにしたエピソードが描かれたとされています。
2024年には、元KAT-TUNの田口淳之介さんが発表した38,000円のバスツアーが「飯田圭織バスツアーの約2倍」と報じられたほど。
17年たっても、物差しとして現役なんです。
ここで、あの日の運営さんに代わって、私が「19,000円ならこうする」という理想のバスツアー案を考えてみました。
- お肉は1人3枚、ソーセージはおかわり自由
- 烏龍茶は1人1本(もちろんキッコーマン製で)
- 迷路には日陰の休憩所、ゴールには推しが待機
- ファンが書いた短冊を、推しが読み上げてくれる
企画名は「大人の七夕祭り やり直し編」で、ぜひ。
ただ、ここまで伝説として残ったのは、ファンが怒りより先に「おめでとう」と言えた優しさがあったからだと私は思います。
誰かを責めるだけの話だったら、ここまで笑って語り継がれることはなかったはずです。
飯田圭織バスツアーのその後と現在
あの日から19年。
迷路にも、参加者にも、そして飯田圭織さんにも、それぞれの「その後」がありました。
巨大迷路は2020年に閉場して「聖地」に
清水公園の巨大迷路は、施設の老朽化を理由に2020年6月30日で閉場しました。
閉場を知って、わざわざ最後に訪れたファンもいたそうです。
「悲劇の現場」が、いつのまにか「聖地」に。
毎年続くバスツアー参加者の七夕オフ会
そして私がいちばん心をつかまれたのが、こちら。
当時の参加者の有志が、毎年7月7日に清水公園へ集まってバーベキューをするオフ会を続けているんです。
キッコーマンの烏龍茶は手作りのラベルで再現し、あの日と同じように乾杯するのだとか。
「ご成婚記念」と銘打たれたこのオフ会は、2026年で19回目を迎えました。
この話を夫にしたら「え、その人らまだ行ってんの?」の一言で終わりました。
……この温度差よ(涙)
19年続くって、並大抵のことじゃないんですよ。
あの日の迷路を一緒にくぐり抜けた人たちは、もはや戦友です。
2027年の20回目は、節目として過去最大の盛り上がりになるのではないかと、私はひそかににらんでいます。
飯田圭織本人の現在とバスツアーへのスタンス
最後に、飯田圭織さんご本人の今です。
- 名前:飯田圭織(いいだ かおり)
- 生年月日:1981年8月8日
- 年齢:45歳(2026年10月29日時点)
- 出身地:北海道室蘭市
- 家族:夫、次男、長女
飯田圭織さんの現在や整形疑惑についてはこちらの記事で詳しく⬇︎
▶︎ 飯田圭織が現在もかわいい!顔変わった理由は小顔矯正?旦那の今も調査
飯田圭織さんは、バスツアー当日のことを公の場で語ったことはないとされています。
今は子育てを中心に、Instagramなどで家族との日常を発信しています。
2026年8月には、小学3年生の長女が初めての宿泊学習に出かけ、心配で眠れなかったと明かしていました。
すっかり「お母さん」の顔なんですよね。
本人が語らないのは、触れたくないからというより、母として今の暮らしを大事にしているからではないか、と私は見ています。
いつか笑ってあの日に触れてくれたら、参加者の皆さんの19年越しの迷路にも、ようやく出口が見えるのかもしれません。
モー娘。元リーダー中澤裕子の現在は?⬇︎
▶︎ 中澤裕子の現在も美人!53歳の福岡生活や旦那・子供と活動内容を調査
まとめ
飯田圭織のバスツアー事件について、時系列と噂の真相をまとめてきました。
ポイントを整理すると、こんな感じです。
- 2007年7月7日、19,000円のファンクラブ限定バスツアーとして開催
- 前日に結婚・妊娠が発表され、当日がまさかの入籍日
- 「肉1枚・ソーセージ1本」とキッコーマン烏龍茶が伝説の象徴に
- 迷路の置き去り話は、ネットで盛られた可能性が高い
- 会場ではファンから祝福の拍手が起きたと伝えられている
- 迷路は2020年に閉場し、参加者のオフ会は2026年で19回目
「地獄」と呼ばれたバスツアーですが、調べ終わった私の目には、推しの幸せを自分の涙ごと祝った人たちの物語に見えました。
もし来年の七夕、清水公園で烏龍茶を掲げる集団を見かけたら、心の中でそっと「お疲れさまです」と声をかけてあげてください。
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