榊原七斗の高校時代の二刀流がすごかった!家族や両親(父親・母親)とのエピソードも

榊原七斗の高校時代の二刀流がすごかった!家族や両親(父親・母親)とのエピソードも 雑記

明治大学で外野手として活躍する榊原七斗さんは、高校時代には投打の二刀流で注目されていました。

報徳学園のエースとして完封し、自分のバットで先制点まで取ってしまうんですから、頼もしいですよね?

ただ、その高校時代は華やかな活躍ばかりではありません。

最後の夏には大きな悔しさを味わい、両親の言葉に背中を押されたエピソードもあるそうです。

榊原さんの二刀流は、どんなところがすごかったのでしょうか?

当時の試合を振り返りながら、父親・母親や兄との関係も紹介していきます。

榊原七斗の高校時代は報徳学園の二刀流!何がすごかった?

榊原七斗さんは報徳学園高校で、左腕エースと外野手を兼ねていた選手です。

投手として相手を抑えるだけでなく、打線の中心としても勝利に貢献していました。

高校2年の秋にはエースナンバーを背負い、やがて投打の両方でプロからも注目されるようになったんです。

ちなみに、高校時代の最速は明治大学の紹介記事では145キロ、別の取材記事では144キロという表記。

資料によって違いはあるものの、140キロ台の直球を武器にしていた左腕です。

一方、登板しない試合では中堅を守り、クリーンアップ、つまり打線の中心となる打順も任されていました。

私がすごいと感じるのは、投げない日も打撃と守備で頼りにされていたところ。

「今日は投げないから出番はお休み」とはならないわけですから。

マウンドでも外野でも、そして打席でも頼りにされる。

エースを任されながら、ここまで出番があるなんて、なかなかできることではありませんよね。

榊原七斗の高校時代を代表する投打の活躍

高校時代の実力がよく分かるのが、3年春の兵庫大会と近畿大会です。

特に兵庫大会決勝では、投げて抑え、打って点を取る二刀流の強みを発揮しました。

春の兵庫大会決勝で完封と先制打!投打で優勝に貢献

2022年5月7日(土)、春季兵庫大会決勝で報徳学園は東洋大姫路と対戦しました。

榊原さんはこの試合をわずか94球で完封し、チームを2対0の勝利に導いています。

9回を100球未満で完封する投球は「マダックス」とも呼ばれるもの。

少ない球数で9回まで投げきり、最後まで相手に点を与えないのですから、お見事!

しかも、相手の東洋大姫路は、その年のセンバツ出場校です。

そんな強豪を相手に、打撃でも初回から先制の適時二塁打を放っています。

打球は詰まりながらも、判断よく走って二塁まで進んでいました。

こういう場面で足も生かせるところに、野球センスを感じます。

自分で先制点をたたき出し、その後も相手に得点を許さない。

決勝の舞台でここまで活躍したら、「二刀流がすごかった!」と言いたくなるのも納得ではないでしょうか。

榊原七斗は春の近畿大会でも本塁打を放った

2022年5月21日(土)の春季近畿大会1回戦では、市和歌山を相手に5番・中堅で先発しました。

この日、大きな仕事をしたのはバットのほうでした。

3回、プロ注目の米田天翼さんから右翼へ3ラン本塁打を放ち、8対2の勝利に貢献しました。

日刊スポーツの当時の記事によると、この一発で高校通算14号!

ただし、高校通算本塁打数は後年の記事でも14本と15本の記載が混在しています。

卒業時の正確な本数は確認しきれませんが、3年春にすでに14号を放っていたわけですね。

それにしても、県大会では完封したエースが、近畿大会では中堅を守って本塁打。

どちらの役割でも、試合を動かせる選手だったことが伝わってきます。

榊原七斗は高校時代に甲子園へ出場した?最後の夏を振り返る

榊原七斗さんは、高校時代に甲子園への出場は果たしていません。

春には活躍を見せましたが、最後の夏は兵庫大会5回戦で敗れています。

2022年7月23日(土)、対戦相手は明石商業でした。

報徳学園は1点を先行したものの追いつかれ、試合は延長戦へ。

榊原さんは延長11回を一人で投げ抜きましたが、1対2で敗れ、138球の力投も実りませんでした。

2点に抑えて完投しても、勝てないことがある。

野球の厳しさを感じる結果ですが、甲子園に届かなかったからといって、それまでの活躍が小さくなるわけではありません。

ただ、本人にとっては簡単に受け止められる敗戦ではなかったようです。

明大スポーツの取材では、大学で野球を続ける自信がなくなるほど落ち込んだと振り返っています。

侍ジャパン公式サイトの2025年の質問でも、野球人生で最も悔しかったことに、高校3年の夏に甲子園出場を逃した経験を挙げていました。

大学で活躍するようになっても、あの夏の悔しさは残っていたんですね。

甲子園へ出られたかどうかと一緒に、この138球の奮闘も知っておきたいところです。

榊原七斗の家族は?両親(父親・母親)や兄とのエピソード

榊原七斗さんには父親・母親と兄がいることが、本人の発言や取材記事から分かっています。

野球を始めたきっかけにも、苦しい時期を乗り越えたエピソードにも、家族が登場するんですよ。

榊原七斗の父親・母親について分かっていること

父親や母親がどんな人なのか、名前や職業も気になりますよね?

ただ、今回確認した公式情報や取材記事では、両親の名前・職業を裏づける情報は見つかりませんでした。

ほかにきょうだいがいるかまでは分からないため、家族の人数も断定できません。

一方で、両親への思いは、本人がまっすぐに語ってくれていました。

2023年7月14日(金)の明治大学野球部公式ブログで尊敬する人を聞かれると、両親を挙げていました。

その答えは、尊敬するところしかないというもの。

両親のことをそこまで言い切れるなんて、素敵ですよね。

同じブログでは、「七斗」という名前は北斗七星に由来し、心を広くという意味があるとも説明していました。

「七斗」という印象的な名前に、そんな意味があったとは!

両親への思いと家族とのエピソード

両親との関係で印象に残るのが、高校最後の夏を終えたあとのエピソードです。

明大スポーツによると、落ち込む榊原さんに両親は、これで野球が最後になるわけではなく、次のステージへ向けて頑張ればいいという言葉をかけたそうです。

甲子園へ行けなかった悔しさを抱えているときに、まだ先があると伝えてくれる。

すぐには気持ちを切り替えられなくても、少しずつ前を向けそうな言葉だなと感じます。

同記事では、その後もらった励ましへの恩返しとして、引退後も後輩の打撃投手を務めたことが紹介されています。

誰かのために野球をするうちに、野球が好きだという気持ちも戻っていったのだとか。

後輩の力になろうとする中で、自分もまた野球の楽しさを取り戻していく。

この流れには、私もぐっときました。

両親が次の挑戦へ目を向けさせてくれたことは、大きな支えになったのでしょうね。

榊原七斗が野球を始めたきっかけは兄の存在

野球を始めたきっかけについて、榊原さんは公式ブログでも侍ジャパンの質問でも、兄の影響と答えています。

侍ジャパン公式のプロフィールによると、野球を始めたのは7歳ごろです。

さらにデイリースポーツの取材記事では、兄は3歳年上で、小学4年のときに兄のいる全播磨硬式野球団ヤングへ入ったと紹介されています。

野球を始めるときも、硬式野球へ進むときも、追いかける先にはお兄さんの姿があったわけです。

そして、大学に進んでからも頼れる相談相手だったそうですよ。

2026年2月5日(木)の同紙の記事によると、会社員として働く兄は、前年のシーズン中も電話で相談に乗ってくれたそう。

榊原さんはプロで長く野球を続けることを、兄への恩返しとして考えているとも語っていました。

幼いころに追いかけた兄が、大きくなっても相談相手でいてくれる。

うまくいかないときに気持ちを話せる相手がいるのは、心強いことではないでしょうか。

榊原七斗が大学で外野手に専念した理由とは?

高校で二刀流として活躍した榊原七斗さんですが、明治大学では外野手に専念しました。

あれだけ投げられたのに、どうして野手を選んだのか、気になるところですよね?

実は、週刊ベースボールの取材では、大学でも投手を続けたい気持ちがあったと本人が明かしていました。

そんな気持ちが変わるきっかけになったのが、明大へ誘ってくれた田中武宏前監督の言葉です。

明大OBで、外野手としてプレーする丸山和郁さんのような選手になれると、可能性を示してくれたそうです。

先輩の名前を具体的に挙げてもらい、野手として目指す姿がぐっと身近になったのかもしれません。

大学では1年秋から中堅のレギュラーとなり、投手として培った強肩も外野からの送球で発揮しています。

高校時代の投手経験が、外野手としての武器にもつながっているんですね。

守る位置や役割が変わっても、二刀流のころに磨いたものは生きている。

高校時代を知ってからプレーを見ると、外野からの送球にも注目したくなりますね!

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まとめ

榊原七斗さんの高校時代と、家族とのエピソードを振り返りました。

今回分かったポイントはこちらです。

  • 報徳学園では左腕エースと外野手の二刀流で活躍
  • 3年春の兵庫大会決勝は94球で完封し、自ら先制打も記録
  • 春の近畿大会では市和歌山を相手に3ラン本塁打
  • 最後の夏は延長11回を完投するも、甲子園には届かなかった
  • 両親への尊敬を語り、野球の原点には兄の存在がある
  • 明治大学では外野手として強肩を生かしている

投打の華やかな活躍の一方で、自信を失うほど悔しい経験もあった高校時代。

そこから家族の言葉や周囲の励ましを受け、もう一度野球に向き合ったという歩みに、成績だけでは分からない榊原さんの魅力を感じました。

打席での一振りはもちろん、外野からの送球にも、高校時代の二刀流を思い浮かべながら注目したいと思います。

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